具合は良くなったのに、どうしてこんなに胸が痛いのだろう。
理由など分かっていたのに、答えが出ないのを分かっているくせに、私は自分に問いかけ続けた。
目を凝らして、まだ彼を探している。
「あ……」
「あ。」
だけど、気付いたのはお目当ての彼ではなかった。目が合って、同時に反応する。
私は小走りで彼に近付いた。
「不知火会長、こんにちは」
「お、おう」
なぜかうろたえている不知火会長。私が笑顔でキレた日のことを思い出させた。
私にはその理由が分からなくて、冷や汗を流しながらそっぽを向いている不知火会長に話を振ってみる。
「生徒会の活動ですか?お疲れさまです」
「ま、なあな……」
歯切れの悪い返事。ようやく異変を感じ取って、私はそれから何を言っていいか迷ってしまった。
どうしたんだろう、不知火会長。と心の中で呟いていたら、私は思い出した。
そうだ、どうして忘れていたんだ。さっきのことが衝撃的すぎて忘れてしまっていた。なかったことにして声を掛けていたのは私じゃないか。
「え、えっと……不知火、会長?」
「な、ななな、なんだよ」
なにこの漫才。
挙動不審の私達は周りからはどう見られているのだろう。いや、ただの変人か。
「お前さ……」
びくり、小さく揺れた私の身体。あまり顔に出さないようにして、「何ですか?」とあくまで平静を装って彼を見上げた。
すると不知火会長は顔の前あたりを両手でカードして、私から一歩離れた。
「ち、近付くな!」
「……は?」
隙間から、不知火会長の紅潮した頬が見えた。
「ちょ、それは失礼ですよ!近付くなってどういうことですか!」
「だからお前っ……!」
本気の拒絶じゃないと言うことは十分見て取れる。じゃあなぜ近付くなと言うのだろうか。
動揺していたとは言え、会話は出来るじゃない。なのにその苦情は意味不明。
私は不知火会長の腕を握りしめて、逃がすまいと引き寄せる。
「名字!」
「だから何ですか、不知火会長!」
やめろと言いたげの不知火会長。だけどこの腕を振りほどくようなことはせず、私から距離を取ろうと躍起になる。
ああなにこの状態!言いたいことがあるならはっきり言ってください!
「えーっと、どうかしたんですか?二人とも」
騒ぎすぎていたのだろう。控えめで柔らかな声が聞こえて、振り向けばそこには苦笑した月子ちゃんが立っていた。
よ、と月子ちゃんには普通に声をかける不知火会長。イラッとしたけど、このままでは私が彼の首元を掴み上げかねなかったので、渋々彼から離れた。
つん、とわざとらしく顔を逸らせば、心配そうに駈け寄ってきた月子ちゃんが私の腕に手を添えた。
「何かあったの?」
「う、ううん……何もないよ」
でも、と何か言い足そうな月子ちゃん。その瞳は不安げに揺れていて、女の私でもグッとくる仕種だった。
伸びてきた大きな手が月子ちゃんの頭をぐしゃぐしゃと撫でる。私はそれを睨むように見上げた。
「心配すんな!ただじゃれてただけだ。なあ、名字?」
何ですかその変わり様。やっぱりイラッとしたので私は無視を貫いた。もう彼の方なんて見ない。
「あー……」と気まずそうな声が聞こえたけど、私の意志は固い。
「そうですか。じゃあまた、一樹会長」
「お、おう」
空気が悪くなったところで、不知火会長のことは月子ちゃんが追い払ってくれた。ああやだ、どんどん口が悪くなる。
去っていく不知火会長の背中を見つめていた目を月子ちゃんに移す。
月子ちゃんは笑って、私の手を取った。
「良かったら、うちのクラスに来ない?みんなもいるし!」
つまりは天文科。みんなというのは羊たちのことだろう。
月子ちゃんが誘ってくれたのが嬉しくて、このところずっと考えてばかりだった私には癒しが足りないと思っていた。
もっと楽しい青春みたいな話が出来るかもしれない。
期待に胸を膨らませて、私は頷いた。