目を開いたとき、当たり前だけど保健室の天井が映った。
今何時かなぁ、と思うけど中途半端に眠ったせいで起き上がる気にはならなかった。
すごく静かだけど、星月先生は外出中だろうか。携帯も手元にないし、時計はここからじゃ見えない。
だけどもう少しだけ寝ていたい。睡魔に勝てず、私はゆっくりと瞳を閉じた。
それから数分ぐらい経った頃、扉を開く音がした。
まだ眠たい頭で星月先生が帰ってきたのかな、と思うが声を掛けられるまで起きないでいようと思い直す。
歩く靴の音がやけに響くような気がした。これは、星月先生じゃないと直感的に思う。
次に聞こえる、カーテンを開く音。目を閉じたまま、私は動けずにいた。確信はないが、まさかと思った。
確認することも怖くて、なら寝たふりを続けた方がいいんじゃないかと逃げることにした。
ここを覗いているという証拠はないし。そうだ、むしろこのまま寝てしまえばいいんじゃないだろうか。
気付かなかったことにした方がずっといい。
再び、カーテンの揺れる音。去ったのか、入ってきたのか。
「 」
か細い、消え入るような声が聞こえた。
そして、次の瞬間には何かが私の唇に触れていた。意地でも目を開くことはしなかった。びっくりしたまま、だけどバレちゃいけないと思った。
その時すでに私の中にはあるモヤモヤが浮上していた。それを確かめるのが怖くて、だからきっと暗闇の中で感じていただけだった。
それはすぐに離れて、同時に駆け出していくような音を聞いた。扉が開いて、そのまま走り去ったんだと思う。
ようやく私も跳ね起きて、急いで靴を履いて保健室を飛び出した。
どっちに行ったのかも分からない。がむしゃらに走り続けたけど、廊下には誰もいなかった。
肩で息をしながら辺りを見回す。もどかしく思い、どうして、と小さく呟く。
気付かなかったことにした方がいいだなんて、嘘だ。本当のことが知りたいから、私はこうして追いかけている。
ここにいないのは分かったが、私はまた走り出した。もう目はとっくに冴えてしまっている。
睡眠を取ったおかげか、驚いたせいか、もう頭は痛くない。
そこまで私はバカじゃない。ちゃんと見極めている。
とにかくちゃんと確認をしたいと思った。見つかれば、話をすれば。少しでもいつもと様子がちがうとか、私を避けているとか。
そこで、私はぴたりと足を止めてしまった。そうだ、彼は逃げたのだ。
これは現実だ。
迂闊に証拠を残して、私に気付かせたい?いや、それこそ彼らしくない。
出来心でつい、と悪戯に笑うほうが彼らしい。
でも、逃げた。私に姿を見せず、自分の中ではなかったことにしようとしている。
だけどもう遅い。それはきっと、頭の良い彼なら理解していると思う。
だからこそ、どうしていいか分からなくなる。今この瞬間ならば、思いをぶつけ合うことが出来るであろうに。
後日になってしまったら、どうしていいか分からなくなる。
「……ねぇ……」
私はどうすればいいの?
保健室に戻りたくないと思ったけど、飛び出したままでは星月先生に申し訳ない。
元来た道を辿る。すっかり消沈してしまって、もう自分の気持ちが分からない。
会いたいような、だけど会いたくないような。
もしかしたら、もうあの声で私を呼んでくれないかもしれない。
声は一緒だけど、そこに乗せられた感情は何を指す?
一緒に笑い合うことも、もしかしたらもう出来ないかもしれない。そう思うと、途端に泣いてしまいそうだった。
名前先輩、と私の名を呼んだ声。ならきっと、あの温もりも彼のもの。
ぎゅう、と心臓が痛んだような気がした。
ねえ、君だよね?
梓くん。