考え込んでいたせいだと思っていたけど、どうやら風邪気味らしい。
さっきからくしゃみが止まらなくて、ついにクラスメートに保健室に行けと命令形で言われてしまった。
階段を下りて保健室に向かう途中、考えてしまうのはやはり昨日の不知火会長のことだった。
様子がおかしいということは分かっていた。だけどあの雰囲気の意味がどうしても分からなかった。
やけに熱かった不知火会長の視線。思い出しても苦しくなる。あれ、これ風邪のせいなのか?
もう何が何だか分からない。もしかして不知火会長は頭突きでもかまそうとした?あはは、もうその結論でいいんじゃないかな。
頭痛がひどくなったので、私は考えることを放置した。
「失礼しまーす」
これで星月先生がサボってたらどうしようか、と思いながら保健室の扉を開く。予想に反して、星月先生は手元に持っていた書類から私に視線を移した。
彼はどうした、と言いながら私に近付いてくる。
「具合悪いのか?」
「ちょっと頭が痛くて……この時間だけでも寝てていいですか」
ああ、と頷きながら伸びてきた星月先生のてのひらが私の前髪の内側へ。
額に添えられた星月先生のてのひらが、私の温度に触れた。
「熱はないみたいだな……」
「だと思います、はい」
別に熱くないです、と言えば星月先生がそうか、と言った。
そして私の背中をゆっくりと押してベッドへ向かう。そんな時だった。
「琥太にぃ、ちょっと匿って」
扉が開いて、立っていた水嶋先生の目が私達に突き刺さる。
あれ、と声を上げて歩み寄ってくる水嶋先生への説明は星月先生に任せようと思った。
「名前ちゃん、どうしたの?」
「具合が悪いから、今寝かせるところだ」
だからうるさくしないでくださいね、水嶋先生。
目だけで訴えていたら、なぜかふうん、と楽しそうに笑った。
嫌な予感がしたけど避けるに避けきれなくて、私は立ち尽くしてしまった。水嶋先生の顔が、近付いてくる。
「何してるんだ、郁」
「いたっ……琥太にぃ、暴力は駄目だよ」
「お前が変なことしようとするからだろ」
助かった、とぼんやりとした頭で思った。後頭部を星月先生に叩かれた水嶋先生は、はいはいと言いながら姿勢を正す。
「熱を測ってあげようとしただけなのに。額で、ね」
「それならさっき確かめたからもういい」
「分かってないなぁ、琥太にぃは。ねぇ、名前ちゃん?」
知らないです私に振らないでください。
布団が目の前だというのにどうしてこうもお預けされなきゃいけないのだろう。
このまま水嶋先生に付き合わされるのが嫌だったので自分から「寝ます」と切り出した。
「郁、お前もサボるな」
「はいはい。しょうがないから、陽日先生のところに戻るよ」
お大事に、と私に言い残して水嶋先生は再び扉の方へ、そして私はベッドに向かった。
カーテンを開くと、その先には白い世界。なんだか眠くなってきた、と早々と布団に潜り込む。
「大丈夫か?」
「寝てれば治りますよー」
上半身を起こしたまま、星月先生にそう言う。
そしてさあ横になろうとしたとき、星月先生が白衣のポケットに手を入れたままこちらにやってきた。
ん?と目を向ければ、星月先生が屈む。言葉の通り、目と鼻の先に星月先生の顔があって、私は沸騰してしまいそうだった。
「星月先生!?」
「大声を出すな。頭に響くぞ」
熱いな、と明らかに熱のせいじゃない温度を感じ取った星月先生の額。
水嶋先生の言葉に感化されてる!?とはとても聞けず、数秒だったはずが私にはもっと長いものに感じられた。
「ゆっくり休めよ」
「はい……」
去っていく星月先生は笑っていた。私の具合が悪いから何も言わなかったのだろうけど、この真っ赤になった顔を見られてしまった。
あれ、でも私がここに来なければこんなことにはならなかったのか。どうして今日に限って振り回されるの。あれ、風邪と考え事どっちが先だったっけ?
「……もういいや」
面倒事は後回し。そうだ、それがいい。
私は布団をすっぽり被って眠ることにした。