だいぶ時間が経って、星見会もお開きになろうとしている。
ぞろぞろと生徒達が寮に戻っていく中、私はクラスメートの男の子達の隣に並んでいた。
彼らは、私が月子ちゃん達と仲良くなっているから嬉しい反面複雑だと言っていた。なんて嬉しい言葉をかけてくれるのだろう、と私は最後だけはクラスメートと星を眺めたのだった。
各々、今日の感想を述べながら続いていく。
名残惜しく屋上を振り返った私の目に入ったのは、星でも何でもなかった。地上に佇んでいる、その背中。声を掛けたかったけど、なんとなく足が進まなかった。
でも、今日の私は何でも出来る。それぐらいの気持ちがあったので、私は勇気を出して踏み出すことにした。
帰ろうとしているクラスメート達に、先に帰っててという旨を早口に告げ、私は走る。
邪魔だと言われたら、すぐに帰ろう。そんな心持ちで。
「不知火会長」
ゆっくりと振り向いた不知火会長が、「お前か」と言って笑った。
頷いて、私はおずおずと尋ねる。
「まだ、帰らなくていいんですか?」
「俺はまだ、な」
「ああなるほど、職権乱用ということですね」
苦い顔をしてこちらを見る不知火会長に、私はいまさらながら「しまった」と思った。
怒っているわけではないだろうが、「その性格は素か」と言われてしまったので私は笑いながら顔を逸らした。
どうやら可愛くないことを言うのは素の私でも一緒らしい。
「で、俺に何か用か?」
それでも笑みを絶やさずに私に接してくれる不知火会長は、やはり懐の大きい人なんだと思う。
思い出したように取り繕って、私は頭を下げた。
「色々、お世話になりました」
「本当だな。お前には振り回された」
返ってきた反応はそんな感じで、私はそれにどう答えようか、頭をゆっくり上げながら考えた。
「そこまでじゃないと思いますが……まあ、取り乱したところばかり見られてますね」
最初は陽日先生の企てから始まった。じゃなきゃ話すことなんてなかっただろう。
生意気な態度を取っていたのに、彼は泣いている私を見捨てはしなかった。冷静に考えてみれば、今まで誰にも言えなかった過去を明かした貴重な人でもある。
第一印象が良くなかったのであまり友好的な態度は取れなかったが、今思えば感謝している。
生徒会室には翼くんと月子ちゃんがいるので、これからもお世話になりたいし。
「よく考えれば、不知火会長も良い人ですよね」
「……お前、最初は俺のこと嫌いだっただろ?」
「ああ、はい」
事実そうだったので、私は素直に頷いた。不知火会長は苦笑。だけどいいじゃないですか、それには続きがあるんですから。
「でも、今はそんなことありません」
はっきりと告げて、私は笑った。
嘘じゃない。ちゃんと思っているから、あなたさえ良ければこれからもっと、
「ちゃんと、不知火会長のことも知りたいです」
「俺を、か?」
驚いた顔の不知火会長。私は頷いた。
それから、なぜか不知火会長は黙ってしまった。何かを考え込んでいるのは明らかで、私は声を掛けづらかった。え、今の返しって考えるところじゃないよね?もっと直感的に答えてくれていいのに。
「不知火会長?」
沈黙に堪えきれなくて、私は小さく呼びかけた。
「……っと、悪い。なんだ?」
「いえ、ボーッとしてるので……どうしたんですか?」
もしかして近付きすぎ?と不安になる。
私のことが嫌いだけど、それを素直に言ったら私が傷付くから言葉を選んでる?あ、それショックだな。
「名字」
「は、い……?」
そんなことを考えていたら、いつのまにか不知火会長の目には光が戻っていた。力強い、芯のある目が私を捕らえる。
そしてなぜか、彼の手が私の両肩に置かれた。ゆっくりと、私を引き寄せるような感覚。
彼の瞳は、私を映したまま。
「不知火、会長……?」
怪訝な私の呼び掛けにも、不知火会長は何も反応を示さなかった。確実に近くなっていく距離。お互いの身体も、顔も。
そのもどかしさに、急激に緊張してくる。
「ぬいぬーい!!」
強張っていたからだろう、その声に私と不知火会長は勢いよくバッと離れた。
辺りは薄暗くて、だけどその声からはっきりと誰が来たのかが分かる。
「あ、やっぱりまだいたぞ!そらそらー、ぬいぬいはっけーん!」
「会長ー、そろそろ閉めますと先生が……」
「あ、ああ!今行くぞ!」
大声で会話する彼らに、ホッとしていたのは誰なのだろう。
曖昧な距離を保ったまま、不知火会長が私に早口に言う。
「ってわけだ、名字。今日は帰るぞ!」
「は、はい……」
それ以上語らず、不知火会長は駆け出していく。何かがおかしい気がしたが、それが何なのかも、誰なのかも分からなかった。
振り返らない不知火会長に安堵して、私は頬の赤みがすぐに消えるように願いながら彼の後を追った。