「ありがとう、ございました」

「困ったときはお互い様だよ」

「……ふん」


まさに予想通り。会話が止まってしまったよ!!
何を言えばいいのだろう、と頭をぐるぐると回転させてみるけど不思議と話題は出てこなかった。
だって初めて話す人だし、下手したら私に調子乗ってんじゃねぇよって言いに来たのかもしれないし。……有り得る!二人が夜久さんのこと大事にしてるのは見て分かるし!


「あ」


びくっ!と身体が跳ねた。
沈黙は痛いけど、突然の声にもびっくりするんですよ、金久保先輩。
どうしたんですか、と言う宮地くんの声がやけに透って聞こえた。


「名字さん、僕の名前は知ってる?」

「……はい?」


何かと思えば、名前?


「知らないよね。ごめんね、僕が知ってるからって勝手に呼んじゃって。僕は西洋占星術科3年の金久保誉」


よろしくね、なんて笑いかけられても、私はどういう反応をすればいいのだろう。
固まっている私が見えているはずなのに、金久保先輩は私にではなく宮地くんに促した。


「星座科2年の宮地龍之介だ」


だから、どうして自己紹介?
動揺を隠しきれない私をじっと見つめる彼ら。分かっていたけど、やっぱり逃げられないらしい。


「西洋占星術科2年の、名字名前です」

「あ、僕と同じ科なんだね」


そうですね、と小さな声で投げやりに返した。
もうついていけないよこのムード。どこから間違っていたのかも分からない。


「楽しそうだね」


ふと、後ろに目をやった二人。私も彼らの隙間から視線をやれば、そこにはやはりというか騒がしい集団。夜久さんを中心に、楽しそうにみんな笑っている。


「そうですね」


私に植えつけようとしてるのか、はたまた純粋な興味なのか。
私の元へ来た二人の理由。それがどうしても分からなくて、彼らを見ながらむず痒い何かを覚えた。

この現状を、気付いていないわけではないだろう。特に梓くんや翼くんとか。それならあちらから興味本位で声が掛かってもいいことだ。いや、夜久さんがいるからそんなのいらないのか?
それとも何か意味があってこの二人が私の前にいる?
考えれば考えるほど、その理由が知りたくなる。


「金久保先輩、宮地くん」


星の光に照らされて、二人の顔がしっかりと見える。今ばかりは笑っていられない。
言葉を選べるほど、余裕もない。


「夜久さんと私は、仲良くなれるでしょうか」


二人ともしゃべらない。
何を言っているのだろう、と思っているのか、やっと触れたかと思っているのか、まったく予想できない。
だけど、私も止められなかった。


「私はずっと、彼女が羨ましいと思ってました。可愛くて、誰からも好かれていて。だけど私は彼女とはちがう。あまりにも遠すぎて、隣に並ぶのも怖かったんです。憧れてて、それと同時に嫉妬していて。今でも、どうしていいか分からない」


なぜこんなにもはっきりと胸の内を、初対面の彼らに話しているのだろう。
自分でも分からない。だけど言葉は流れるように溢れていく。


「こんな私が、いまさら……」


当然の報い。
何を都合の良いことを、と思われて当たり前だ。


「そんなに複雑に考えなくてもいいと思うよ」


ああ優しすぎる。どうしてこんなにも、背中を押してくれるのだろう。
見上げた金久保先輩は目を細めていて、口を開く前に私の手を取った。ゆっくりと、彼らの元へ向かうように歩き出す。


「飛び込む勇気がないなら、僕があげるよ」


言葉とは裏腹に、引っ張る力はとても強かった。しっかりと握られた手に私は後込みしてしまう。


「み、宮地くんっ……」


何も言わずについてくる宮地くんに助けを求めてしまった。金久保先輩の無理強いが怖くないと言ったら嘘になるし、それこそ急な展開に震える思いだった。
こんな情けない面で彼女と会わせられるなんて、


「一歩踏み出せ。そうすれば、世界は変わる」


あれ、私なにを恐れているんだろう。頑張るって決めたのに。勇気なら、自信なら、すでにもらっていたのに。
宮地くんの言葉に、私は目が覚めた。


「金久保先輩、大丈夫です」


自分でも、はっきりした声だと思った。金久保先輩が立ち止まって、私は彼を見上げた。
彼もまた、揺らぎない瞳をしている。


「私、一人で行きます」


分かっていたのかもしれない。頑張ってね、と快く送り出してくれた金久保先輩を抜き去りながらそんなことを思った。

二人の視線を受けながら、私は彼らに近付いていく。縮まっていくにつれて足が竦む思いだったけど、私は止まらなかった。笑顔は作ったものだけど、今日ぐらいは許してほしい。
頑張るって決めた。だけど、やっぱり恐怖心は拭いきれない。

歩み寄っていて、一番初めに私に気付いたのは夜久さんだった。こうして目を合わせたのは、初めてかもしれない。ある程度距離があっても分かる、彼女の澄んだ瞳。お人形のような手足に、小さな顔。その全体で、彼女は私に示した。

夜久さんがぺこりと頭を下げたことにより、彼女の周りにいた人達がゆっくりと私を見る。
その目に含まれた感情は様々で、注目されるのが嫌いな私は今にも逃げ出したい思いだった。

でも、怯んじゃ駄目だって分かってたから。今、彼らは関係ない。私が話し掛けたいのは、彼女だけ。


「夜久さん、あのっ……」


その言葉に、何人かが身構えたのが気配で分かった。
追い返される前に、私は早口で言う。たくさん考えたけど、最善なんて分からなかった。


「星座の解説、お願いできませんかっ……」


だから、今日に一番ふさわしい誘い文句を。
初めて話す人に、しかもずっと無視に近い対応をしていた人への言葉がそれなんて、我ながら気の抜けるものだと思った。でもこれが、今の私の等身大。全力で彼女にぶつかった証。後は、彼女次第なの。

暗い夜空に、赤く染まる私の頬。
そして、キラキラ輝く彼女の微笑み。


「私でよかったら、いくらでも説明するよ!」


そう言って、輪の中から抜けて私の前に立つ夜久さん。その笑みは、心からのものだと私にも分かった。夜久さんが私の手を取って「行こう!」と駆け出す。
その温もりに色々な気持ちを込めて、彼女の隣に並んだ。


世界は、いくらでも変えられる。


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