その日はみんなそわそわしていて、早く夜にならないかな、と浮き足立っていた。
それは私も例外でなく、クラスメートと会話する傍らでメールの返事を待っていた。


「俺、今日が楽しみすぎて寝れなかった!」

「そんな大げさな」

「バッカ、それぐらいのイベントだぞ!」


はいはいと軽くあしらうと、なんだとー!とじゃれてみせるクラスメートの男の子。
だけどその顔から笑顔は消えなくて、本当に待ち遠しいんだな、ということが分かるので、私もつられてニヤニヤしてしまう。

携帯がメールを受信して、私は素早くそれを確認した。同時にしゅん、としぼんだ気分になる。


「どうした?」

「あ、ううん。友達が、今日の星見会は行けたら行くって」

「部活?」

「そう。終わってから決めるから、はっきりとは言えないけどって」


大変だなぁ、と感心した様子のクラスメートにつられて私も頷く。
確かに、色々活動をしている人にとって、自由参加の星見会なんて後回しなのかもしれない。
星を見るだけなら空いてる時間にいくらでも見られるから、無理強いすることも出来ないしね。


「ま、今日は俺らで楽しもうぜ!名字、一緒に回ろうぜ」

「うん……一緒に、見させてね」


ちょっとだけ寂しいなぁ、なんて思うけど、それは今だけだよね。










私の予感は当たっていた。
梓くんは部活が忙しい、翼くんは生徒会の活動。二人とも終わってから決めるという内容だったので、一緒に見ることは叶わないな、と思った。

だけど、誰と見るかというのはさほど重要ではないと過去の私に教えてあげたい。


「名字ーもう上行くぞー」

「先行ってていいよ!私もう少し見ていたい」


はあ、と一緒に回っていたクラスメートの男の子達の溜め息が聞こえた。
望遠鏡を覗いたまま動かない私に「じゃあ後でなー」と気怠そうに言い残して彼らは最上階へ。


「あいつってあんなに星見るの好きだったんだな……」


聞こえてるぞ。
そう言ったのは昼間に楽しみで眠れなかったと言っていた彼だ。
やる気なさそうに見えていたかもしれないが、私はいつもこの行事を楽しみにしているのだ。
季節が変わる度に訪れる楽しみがあって、この時ばかりは一人でもはしゃいでしまう。まあ、顔は見えないからそんなに楽しそうには見えないかもしれないけど。


「きれいだなぁ……」


星を見ていると、心が落ち着く。
一人でつい夢中になってしまうので、誰といても結局は同じなのだ。
私は単独行動が嫌いじゃない。


「……そろそろ行くか」


一箇所で時間を潰しすぎてはもったいない。
私は小走りになって屋上へ向かった。





広大な夜空に散らばっている星に息を飲んだ。
あちこちで「見つけた!」とはしゃぐ声が聞こえて、私も胸を躍らせてしまう。
肉眼で観察するのもいいけど、ちょうど誰も使っていない望遠鏡があったので、まずはそれで見ようと近寄った。

覗こうとしたときに、騒がしい声。私はその集団に目をやった。


「ぬはは!書記ー空がすごいぞー!」

「きれいだね!」

「翼くん、もう少しお静かに」

「ははっ。翼じゃないが、はしゃぎたくもなるよな」


生徒会の人達、


「今日はすごく輝いて見えるね。まるでいつもの君みたいだ」

「羊くんっ……!?」

「また歯の浮くようなこと言いやがって」

「哉太も少し教えてもらった方がいいんじゃないか?」


天文科の幼なじみ、


「でもみんなが集まるなんてすごいですね、部長」

「そうだね。いつもより大所帯で、これはこれで楽しいね」

「騒がしいだけだと思いますけどね」

「なら木ノ瀬、お前だけ他に行ってもいいぞ」


そして弓道部。

その中心には彼女がいて、私は乾いた笑みでそれを遠くから見ていた。

ははは、改めてみるとすごいな。
あれはちょっと、羨ましくもないかも。むしろ頑張ってと声援を送りたい。


いつまでもそっちに気を取られているのは勿体なくて、私はようやく望遠鏡を覗きこんだ。今はこっちが大事!時間は待ってはくれないのだ。


「……あれ?」


そう、時間は限られている。なのにどうして上手くいかないんだ!
ピントが合ってないから見えないのかな?このレンズで本当にいいのかな?
星は好きだけど、こういう操作はどうも苦手だ。
もう、前に見た人しっかりしてよ!と八つ当たりしながらも自分で調節しようと試みる。ええっとここをいじってみたら……取れた。何でだ!?


「どどど、どうしよう……」


壊してないよね?いや、まさかね。と半ばパニック状態になりながら誰にも聞けず、むしろこの事実がバレたくなくて、私はうろたえながら望遠鏡と向き合う。

その時だった。背後から、明らかに私を指している声。


「おい、お前」

「はいいい!!」


思わず背筋をピンと張って大声を出してしまった。驚きのあまり半泣きで振り返れば、当人である彼も目をぱちくりさせていた。
二人してどうしてビビってるの!


「ダメだよ宮地くん、もっと優しく声掛けなきゃ」


そんな、どうしていいか分からない私と彼の間に入ってきた柔らかいトーン。
部長、と宮地くんが呟いて、私はぎょっとしながら先輩を見る。
宮地くんが来た時点で十分びっくりしてるのに、どうして弓道部の部長さんまで?


「こんばんは。もしかして、操作法が分からないの?」


現状を把握しているような金久保先輩は優しく私に笑いかけてくれた。
背に腹は変えられないというか、逃げられないような気がして、私は彼らに頼ることにした。

ははは、と笑いながら取れてしまった部品を見せれば「大丈夫だよ」と言って私の手から摘みあげた。金久保先輩が器用に調整してくれるその横で、宮地くんは両手を組みながら私を見下ろしていた。


「まったく、これぐらい出来なくてどうするんだ」

「……すいません……」


なんで説教されてるの私?

その後もぐちぐちと続く宮地くんの説教。夜久さん達がいる方をちらりと見れば「聞いているのか!?」と怒鳴られた。ちょっとなんか理不尽じゃないですか……!


「ふふ。宮地くん、彼女とは初対面じゃないの?」

「そ、そうですが……」


そうですよもっと言ってやってください!
こっそりと金久保先輩を応援してたら宮地くんに睨まれました。
えええそんなに私のことが嫌いなのか。


「どうぞ、名字さん」


そう言って場所を空けてくれる金久保先輩。一歩前に出て、私はまた望遠鏡を覗く。
そこにはさっきまで見えていなかったキラキラした世界が広がっていた。


「見える!わあ!あ、あのっ……ありがとうございました!」

「どういたしまして」


私の見たかった世界がようやく手に入って、さてゆっくり観察しようかな、と思っていた。
そう、思っていた。

私の心が狭いのだろうか。確かに助かったし、感謝もしている。だけどこれ以上のことが起こってほしいとは思わなかった。

望遠鏡から目を離して、未だ彼女たちの元へ戻る様子がない彼らを見つめる。
やはり、話しかけるべきなのだろうか。

私は、意を決して口を開いた。


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