手首の痛みが引いてきた頃になっても、私の心は晴れなかった。

今日はせっかく集まれたというのに、先生達の前ではあ、と重い溜め息をついてしまった。
どうした、と差し入れのクッキーを頬張っている陽日先生に何でもないですと首を振る。

聞けるわけがない。夜久さんってどんな子なんですか、なんて。


「悩みがあるなら言えよ」

「大丈夫、です」

「そんな風には見えないけどね」


余計なことは言わなくていい!と水嶋先生を睨めば「こわっ」と言われてしまった。
陽日先生は面白がって笑っていたら喉に詰まらせていたので、憐れな目を向けながらお茶を差し出しておいた。

今日は私主催のお茶会in保健室である。
星月先生には申し訳ないけど、まあここしか場所がないのでしょうがない。
自分でも分かっているぐらい、先生達は私に甘いと思う。少しぐらいのワガママなら許してくれるし、こうしてお茶会にも付き合ってくれ、談笑にも嫌な顔ひとつしない。


「今度は何を悩んでるの?」


水嶋先生には借りがあるから、隠せそうにもない。というか、この学園で私が抱いている悩み=彼女だって方式が出来ているのだろう。失礼な。その通りだから言い返せないけど。


「……もうちょっと、考えてからにします」


そう、と水嶋先生が意味深に頷いたので、私は怖くなった。眼鏡の奥の目が、なんで言えないの、と言っているみたいだったから。
だって、まだ勇気が出ないんだもの。誰に聞いても、同じような答えが出てくるだろう。
彼女を褒める言葉。それはもう想定済みであり、分かっているのだ。だからまた自分と彼女を比較して、落ち込みそうで、怖い。


「名字、星見会には参加するんだろ?」


突然言った陽日先生の言葉に、私は曖昧に頷いた。うろたえることなんてないのに、あまりにもいきなりだったからおかしな反応をしてしまった。


「なんだ、楽しみじゃないのか?」

「た、楽しみですよものすごく!」


星月先生に力説するように言えば、なぜか陽日先生が「俺との反応がちがう……」と落ち込んでいた。
えええ、激しく面倒臭いですよ陽日先生。


「せ、先生方は行かれないんですか!?」


話を逸らすようにそう言えば、星月先生が大きな欠伸をした。ちょ、なんですかその興味なさそうな感じは。


「俺は行くぞ!」

「じゃあ水嶋先生も?」

「ま、しかたなくね」


気乗りしない様子の水嶋先生に怒る陽日先生。こうなっては放っておくに限る。
私は眠そうにしている星月先生に「あの、」と話しかけた。


「星月先生は?」

「あー……久しぶりに行くか。最近あまり星を見てなかったしな」


じゃあ、もしかしたら会えるかもしれないんだ。そう思うと嬉しくなる。

私はいつも一人で行動していたけど、なんとなく先生達に話しかけたりすることも出来なかった。
だけど今年はちがう。同じクラスの子に色々聞いたり、先生達を見かけたら解説をお願いしたり、そんな風に楽しめそうだと感じていた。


「先生が暇そうだったら、解説を頼んでもいいですか?」


星月先生の口から星座の話なんて、とてもロマンチックだと思ってしまう。
今からわくわくしている私を笑って、星月先生が頬杖をつきながら言う。


「名字が暇だったら、相手してやる」


それは、私が一人じゃないという予言だろうか。
問い質す前に、いつのまにか私の後ろにいた陽日先生がにかっと笑っていた。


「名字、それなら俺に任せろ!」

「さすが天文科の担任!楽しみにしてまーす」


でも陽日先生は人気者だからな、と内心は穏やかではない。うまく捕まえられたらいいんだけど、と思っていたら逆側から水嶋先生が顔を出す。


「名前ちゃん、僕に頼ってもいいんだよ」

「水嶋先生が生徒に囲まれてなかったらお願いします」


皮肉だとバレていたらしい。ぺしん、と後頭部を叩かれて、私の分のクッキーを食べてしまった水嶋先生。
あああひどいです!と抗議すれば「じゃあ僕と一緒に星を見る?」とよく分からないことを言っていたので黙って陽日先生の分を自分の前に持ってきた。


「それは俺の分だ!!」


陽日先生の抗議は聞かない。
とりあえず星見会、楽しみだな。


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