屋上にはそこそこ人がいて、私達は隅の方にあるベンチに並んで座った。
ご丁寧に二人は間を開けて私に「座れ」と言った。(いや、言葉ではないです。ただ目がそう言ってました)
「もっと落ち着いてよ……」
恥ずかしい思いをした、とのニュアンスを込めて二人の間に腰を下ろした。でもこいつらに私の気持ちは分からないのだろう。私の項垂れぶりには反応が薄い。
「それは翼に言ってください。あ、名字先輩どれ食べますか?」
「カレーパンは俺のだぞー!」
「じゃあこれでいい……」
特に翼くんは無視もいいところだ。はあ、と溜め息をついて一番上にあったパンを一つ貰う。
メロンパンだった。おいしそう。
「もっと食べてくださいよ。じゃなきゃこれだけ買ってきた意味がないじゃないですか」
「俺ら宇宙食があるからそんなにいらないぞー」
「私だってそんなに食べられるわけないじゃん……!」
ああもう、どういうことだ。梓くんが抱えている袋の中すべてパンだと言うのか。
しかも彼らは宇宙食だと!?そうか、宇宙科だもんねー、なんて騙されないぞ!
「梓くん、部活の後に食べなよ」
「そうですねぇ。でも甘いパンは少ないので宮地先輩にはあげられないですね。ってわけで名字先輩」
まだまだありますよ、とパックのミルクティーと一緒にタマゴサンドを押しつけられた。
ついでに梓くんの笑顔。そんなんじゃ断れないじゃない……!
「……いただきます」
「はい、どうぞ」
まあ出来るだけ頑張ろうかな、と前向きに考えることにした。
「あ、とりあえずこれで足りる?」
「なんですか?」
「これのお金に決まってるでしょ」
もぐもぐと頬張りながら私は自分の財布から小銭を取り出して梓くんに示した。
彼は妙な物体から何かを吸い上げていた。宇宙科って不思議だし、今は特にコメントしないことにした。
「いいですよ。それに名字先輩の怪我は僕達の責任ですし」
「後輩に奢ってもらってたなんてクラスの人にどう言い訳すればいいの。心配しなくていいから、ね」
今の状況だって結構見られてるし、変な噂が立っても嫌だ。
それに梓くんは私を助けてくれたわけだし、翼くんもわざとじゃない。
私がもっとしっかり受け身を取っていたらこんなことにはならなかった。彼らだけが責任を感じる必要はないのだ。
「それにしてもびっくりしたー。昨日電話したときには何も言ってなかったのに」
「朝に翼と話しましたからね。名字先輩がクラスでどんな風に過ごしているかも気になりましたし」
「ぬはは!名前すごい顔してた〜。ぶさいく!」
「なにおう!」
指を突きつけて笑う翼くんを前に、私は立ち上がった。
なにこの子、意外と辛辣だ!
「まともに翼の相手はしなくていいですよ」
「ぬーん……梓の毒舌」
そうだ、落ち着こう。梓くんの言葉通り私はひとまず座って、最後の一口を食べ終えた。
ミルクティーを飲みながらもう一個ぐらい食べられるかなぁ、と眺めていた時だった。
「あ、書記だ!」
私の視線の先、翼くんの言葉に梓くんもそちらを見た。
そこにいたのは夜久さんと土萌、そして彼らの他にもう二人。おそらく幼なじみだろう。
もう気にする必要はない。そう思っていたのに、私は逃げたくなっていた。
特にこんなところを見られたら、夜久さんと対面するしかない。梓くんはともかく、翼くんはそういうところで空気は読まないだろう。
それともあっちには土萌がいるから私のところになんて来させないか。どっちにしろ、危険な橋は渡りたくない。
「わ、私……」
「名字先輩」
言いかけたところで、梓くんが私の両肩を掴んだ。
「前から言おうと思ってたんですけど」
梓くんが私の顔を覗きこむ。そのおかげで夜久さんたちは見えなくなったけど、私の視界には梓くんだけが映る。触れてしまいそうな距離に、心臓が跳ねた。
「名前先輩って呼んでもいいですか?」
いつもの梓くんの声音なのに、この距離のせいで私にはもっと色っぽいものに感じられた。頬が熱い。「梓やるぅー。ぬはは!」という翼くんの声が聞こえた。
見てるだけかよ!
「ちょ、梓くん……!別にいいけど、なんで顔を近付けるの……?」
「なんとなくです」
にこり、梓くんの作り笑顔。私はようやくからかわれているんだと気付いて、片手で梓くんの手を離させた。そしてせめてもの嫌がらせにゴミを二人に任せて立ち上がった。
「教室戻る!」
「そうですか。さよなら、名前先輩」
「名前ー!またなー!」
そこまで来て、私はあいつらがわざとやってるんじゃないか、と思った。
人の名前を連呼して、彼らに気付かれないように逃げようとする私への嫌がらせ。
名字より名前の方が知られてない?そんな気を回してくれてるとは到底思えなくて。
「待って、名字さん」
早足で階段を下りていたら、そんな声が降ってきた。聞いたことのない声だけど、私はゆっくりと振り返った。
屋上の扉付近に立っていた彼らは、階段を下りながら言う。
「初めまして、俺は天文科2年の東月錫也。で、こっちが七海哉太」
ちょっといいかな?、と笑顔で言う東月くんとは真逆に、七海は嫌そうに私を睨んでいた。
だけどここで逃げ帰るわけにはいかないと思って、渋々、私は頷いた。