星月先生は何がしたかったんだろう、と昨夜のことばかり考えていた。
あれはただ私をからかっただけなのだろうか?それにしても真剣だったような気がする。いつもの星月先生らしくなかったような、
「ん?それほど長い付き合いしてないじゃん……」
小さく呟いて、私は机に突っ伏した。
身体が弱くない私は、今でも数えるほどしか保健室を訪れたことがない。それなのにいつもの、なんて言っちゃってなに思い上がってるんだ、バカみたい。
「なあ、名字」
クラスメートの一人が話しかけてきて、私は顔を上げた。
もういい、忘れよう。大した意味はなかったんだって思おう。
「なに?」
「日直だろ?仕事やろうって言いに来たんだけど、怪我してるのか?」
そう言って目を伏せる彼の目には、私の手首に巻かれた包帯が写っていた。
タイミングが悪いことに、今日は私の当番だった。
「昨日、ちょっと捻挫しちゃってね。でも仕事はするから」
「無理するなよ!」
大きな声に、私は無言で彼を見つめてしまっていた。うろたえる彼の後ろから出てきたのは、また別のクラスメートだった。
「そうだよ、悪化したら大変だし」
「俺らも手伝うから、名字は何もしなくていいよ」
初めて話す男の子達だった。笑顔で私にそう言ってくれる彼ら。
申し訳ない気持ちが拭えなくて「でも、」と言いかければまた別の男の子が話に入ってきた。
「それより名字、それでちゃんとノート取れてる?」
「あ、ええっと……」
実は、地味に痛みが走るので板書などはあまり出来ていなかった。
だけど誰かに貸してもらうのもなんとなく気が引けて、私はまあ数日ぐらい大丈夫か、などと考えていた。
「ノートのコピー、明日渡すよ」
「何かあってからじゃ遅いし、遠慮せずに何でも言えよ」
そうだぞ、とあちこちから声が聞こえて、見渡せば教室中のほとんどの視線が集まっていた。一人一人、笑顔でこちらを見てくれている。
「ありがとう!」
気付けば、私はクラスのみんなにそう言っていた。
私がそんなことを言うなんて驚いたのだろう。だけどすぐに笑って返事をしてくれた人、ほんのり顔を赤らめて照れている人、未だぽかーんとしてる人、反応は様々だったけど、決して悪くはなかった。
午前の授業が終わって、私はのろのろと教科書をしまっていた。
次はお昼だけど、私はどこに行こうか考えていた。食堂は人が多いからこの手じゃちょっと心配だし、購買はまだ混んでるだろうし。
「名字、購買行くけど何か買ってこようか?」
「え、いいの?」
私の悩みを分かっていたかのように、そう声を掛けてくれた男の子。その好意に甘えようと、私がパンと飲み物を頼もうとした時だった。
教室の扉からこちらを見て腕をぶんぶん振っている彼と、こちらを笑顔で見つめている彼。
「名前ー!」
「名字先輩」
私と隣にいる男の子はぽかんとしながらその様子を凝視していた。
ご丁寧に私の名前を呼ぶものだから、あちこちから知り合いか、などと騒がしくなる。
「翼くん、梓くん……」
待ってられないのか、ついには翼くんが教室に入ってきて、「ぬーん」と手を広げながら私の方にやってきた。その後ろからは笑顔の梓くん。
二人が来て、クラスメートは私から一歩遠退いた。
「どうしたの?」
「お昼買ってきました」
「屋上行くぞ!」
ぐいぐいと引っ張られて、私は立ち上がらざるをえなかった。すごい力の翼くんに負けじと自分の鞄から財布を引っ掴んで、声をかけてくれた男の子に「ごめんね!今日は後輩と食べるからあああ」と半ば引き摺られる形で教室を後にした。
何人かは引いてただろうけど、中には「頑張れよー」という声が聞こえたのでとりあえず大丈夫だろう。
本当、トラブルメーカーは大変だよ!