「なー名字、次の授業当たるんだけど予習してきたか?」

「してないに決まってるでしょ。というか私も当たるんだけど」

「お前ら……」


はっはっは、と笑っていたら教科書を開くように言われてしまった。
うう、どうして休み時間にまで勉強しなくちゃいけないんだ!ぶーぶー言ってたら教科書の角で叩かれました。横暴です。


とまあ、数日経ってだいぶ周りと馴染んできた。土萌とのやり取りを見て心配して話しかけてくれる人、前々から話してみたかった、と嬉しいことを言ってくれる人ばかりで、私は改めてクラスメートという存在に有り難みを感じていた。


「名字、良かったら今日の昼一緒に食わないか?」


こうしてたまに誘ってくれる人もいて、私も少しずつ心を開いていた。水嶋先生の言う通り、私は甘えていた。
今なら実感できる。人付き合いも、案外捨てたものじゃない。


「ありがとう。でもごめん、今日は先約があるんだ」

「そうか。じゃあ明日は?」

「あ、いいよ!」


ごめん、ともう一度心の中で謝る。
今日は可愛い後輩と約束があるのだ。









「俺のラボにようこそ〜ぬはは!」


昼休み、早めにご飯を済ませて私と梓くんは翼くんのラボにお邪魔させてもらっていた。(つまり生徒会室に)

翼くんはいつも実験だなんだって言ってるから、私が見てみたいと言ったら、「じゃあ今から行こう」ということになり、僕はいい、と言い張る梓くんを二人で引っ張ってここまで来たわけだ。


「すごいねぇ……」


翼くん専用というラボの中は色々な機具やビーカーなどで溢れ返っていた。
妙な色をした液体が入っていたので、興味本位に手を伸ばそうとしたら「それ触ったら爆発するぞ〜」と簡単に言われた。えええ、危ないじゃん。


「だから嫌だって言ったんですよ。名字先輩、言っておきますけど翼の実験は失敗してばかりで危険ですよ。よく生徒会室で爆発させてるって聞きますし」

「え……」

「ぬがー!梓までひどいぞ!俺の実験は失敗ばかりじゃない!」


よく言うよ、と梓くんが肩を落とした。私は乾いた笑みしか出なかった。
悔しくなったのか、翼くんが見てろよ、とどこからか小型のオモチャを持ち出してきた。手と足があるそれに命を吹き込むかのように、どす黒い液体を流し込む。


「ぬ?」


どうなるのだろう、と期待の目で見ていた私だが、翼くんの言葉に冷や汗が流れるのを感じていた。
今の声音は、「あれ、何でだ?」というもの。


「翼!」


梓くんがそう叫んだ頃には、そのオモチャからもくもくと妙な匂いのする煙が上がっていた。


「ぬわー!また失敗したぁ!」


直後、翼くんのラボの中では小規模の爆発が起こった。
私は誰かに覆い被されるような形でラボの外に出されていた。ごほごほと吸い込んだ煙を吐き出していたら、私を助けてくれた梓くんが「大丈夫ですか、名字先輩」と顔を覗きこんだ。
いや、むしろそれは私が聞きたいことだ。


「私は大丈夫。ありがとう。梓くんこそ平気?」

「ええ。間一髪でしたね」


そう言って笑う梓くんは、本当に無傷の様子だったので私も胸を撫で下ろした。
彼は弓道部で、期待されている天才だと聞いた。そんな彼に怪我でもされたら申し訳ない。


「ぬぬぬ〜、何で爆発したんだ?」

「翼……」


慣れているのだろう、爆発のことなど大して気に留めず、同じく無傷でラボから生還してきた翼くんを見て、梓くんが彼の元へ向かった。おそらく説教だろう。


「ごめんちゃいー!」


そんな彼の声を聞きながら、私はどうしようかと考えていた。今なら二人はこちらを見ていない。
でもどうしていいか分からない。どうやら手首を捻ってしまったらしい。さっきから痛みが止まらなかった。


「名前もごめんー!」

「あ、ううん……大丈夫だから、いいよ」


負担をかけないように、だけどバレないように立ち上がれば、二人が私の前まで来た。
話が逸れるように、私は「でも凄かったねー」などと言って笑った。「名字先輩」と、梓くんが険しい表情になった。


「隠さないでください」

「……べ、別に何も……」

「保健室、行きましょう」


痛む手首とは逆の手を掴んで、梓くんが前を歩く。後ろでは泣きそうな顔の翼くん。
梓くんの顔は見えないけど、二人を交互に見ながら私達は保健室までの道のりを歩いた。













「心配ない。数日もすれば痛みは治まるだろう」


星月先生の言葉に、私達は同時に安堵の息を吐き出した。それほど重傷じゃなくてよかった、というのが私の素直な感想だ。こんなに切なそうな顔をしている二人に責任を感じさせるのは嫌だ。


「だが念のため病院には行っておけよ?」

「分かりました」


テーピングしてもらいながら星月先生の言葉に頷いた。大丈夫だろうけど、一応専門の先生に見てもらうべきだ。


「名字、利き腕は右か?」

「……はい」

「そうか。くれぐれも無茶はするなよ」


しっかりと包帯が巻かれたのを確認して、星月先生は優しく私の頭をポン、と撫でた。
はい、ともう一度頷いてお礼を言いながら頭を下げた。


「さ、戻ろうか二人とも」


促しても、翼くんはなかなか立ち上がろうとしない。梓くんは悔しそうに唇を噛みしめていた。
分かる気がする。私も逆の立場だったら過去の自分を責めるもの。

だけど、起こってしまったことはしょうがない。


「翼くん、今度は成功した発明品を見せてね」

「……名前」


逆の手でよしよしと翼くんの頭を撫でてあげたら、「ごめんちゃいー!」と泣き声混じりに翼くんが抱きついてきた。
力強い体当たりを受けてよろけそうになる私を後ろから支えてくれたのは星月先生だった。そんな私達の困った顔にも気付かず、翼くんは「ぬわぁーん!」と泣き続ける。


「名字先輩、病院には僕が付き添います」


梓くんはそう言ってくれたけど、それは駄目だよと首を振った。


「部活、休むわけにはいかないでしょ?」

「だけど……」

「メールするから。必ず。」


星月先生も大丈夫だと言ってくれてるし、大事には至らないと思う。大丈夫、そう確信している。
だけど当の本人はそう思えないようだ。


「夜に、僕から電話してもいいですか」

「うん、待ってる」


初めて聞く、弱々しい声。ようやく離れた翼くんから、梓くんの元へ向かう。
少しだけ高い梓くんの頭を撫でて、笑った。


「心配してくれて、ありがとう」


私のために、そんな顔を見せてくれて。


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