居たたまれなくなって、私は頭を下げてから生徒会室を出た。
バタン、と乱暴に扉を閉めてその前で深いため息をつく。
コツ、と靴の音が聞こえてきたのはそのタイミングで。
「……盗み聞きなんてずるいですよ、水嶋先生」
「別に聞きたくて聞いたわけじゃないよ」
おいで、と言われたので誘われるままに彼を追いかけた。
「琥太にぃ、またサボりかな」
無人の保健室に連れてこられて、水嶋先生は何の躊躇いもなく寛ぎ始めた。
突っ立っている私を見上げて、水嶋先生がフッと笑う。
「いい顔だね」
「どんな顔ですか」
「冷静さを失ってる。それじゃ強がってますって言ってるようなものだよ」
その指摘に、私は自分の拳をぎゅっと握った。水嶋先生の皮肉に、短く返すのが精一杯だ。
「君も人並みに傷付くんだねぇ」
「ひどい言われ様ですね」
息を吐きながら言う。なんだか今日は疲れた。
「別に、強がってるってわけじゃないんです。人付き合いって面倒くさいって思うのも事実ですし、いつもいつも誰かと一緒にいたいと思える人もいませんし」
「それでも、誰かに自分を見てもらいたいって思うわけだろう?」
「……そうですね、否定はできません。もっとも、それに見合った人がこの学園にいるとも思えませんが」
夜久さんがいる限り、私はずっと影のよう。
気付きにくいけど、ちゃんと存在している。
華々しい学園生活を送っている彼女とは大違い。でもそれで正しい。
「まあ、今ではそれでもいいと思えるんですよ」
結局のところ、私はそんな役回りでいいと思っているのだから。
「君はひとつ、勘違いしている」
何を、と目で訴えた。水嶋先生の声が、聞いたことのないくらい低いものだったから。
冷静な顔が、歪んでいく。
「自分を見てもらいたいなら、それ相応に自分を知ってもらわなきゃいけない。ただ待っているだけじゃ何も変わらない」
そんなこと知っている。だけど、私には出来ないだけだ。
最初から諦めているの。期待するだけ無駄だって分かっていたから、
「甘く見すぎだよ。見合った人がいないなんて考えは早とちりもいいところだ」
私の考えを読んでいたかのように、水嶋先生の言葉が突き刺さった。
だって、そうでしょう?
「誰かと比べてしまうのは、仕方ないことなんだよ。だけど、君を見てくれる人は必ずいる。それははっきりしてるよ」
「そんなこと、いまさら……」
「遅くない」
すべて洗い流してしまうような、魔法みたいな言葉。水嶋先生の力強い声に私は顔を上げた。
しなやかな動きで水嶋先生が立ち上がって、私の前で足を止めた。
今度は見たことがないくらい優しい表情と手つきで、私を慰めるかのように頭を撫でた。
「彼女の隣に立ったって、君は全然恥ずかしくない」
そんなこと言ってくれる人、今までいなかった。
第三者の立場で、私と彼女を知っていて、それでもなおそんな言葉を掛けてくれる人。
嬉しくて、泣いてしまいそうだった。
「水嶋先生……惚れそうです」
「それは困るなぁ。はっきり言って迷惑」
ふふ、と笑みが漏れた。いつもの毒舌な水嶋先生。私は感謝しなければならない。
もう一度頑張ってみようと、彼のおかげで思うことが出来た。
「陽日先生の熱血が移ったんですかね?」
「えー、そんなの嫌だよ。暑苦しい」
だけど満更じゃなさそうな水嶋先生に詰め寄ったら、「調子に乗るな」と言ってデコピンされた。
おいおい、前に会ったときのお色気ムードはどこに行った。
子どもみたいにじゃれていたら、保健室の扉が開いて星月先生が帰ってきた。
「なんだ、来てたのか」
「あ、私は戻ります!じゃあ水嶋先生、ありがとうございました」
「お礼は名前ちゃんでいいからね」
「はは、考えておきます」
やっぱりいつもの水嶋先生だ、と思うけど前ほど苦手意識はなくなっていた。
すれ違い様に星月先生にも頭を下げれば、彼は眠そうに返事をした。
「失礼します、星月先生」
「おう。また遊びに来いよ」
星月先生の優しさにも感謝しなければならない。そんなことを考えていたら、私は自然に笑っていた。
「健康体で来てもいいのなら、お菓子持参で来まーす」
「保健室は休憩所じゃないぞ」
「星月先生が言ったんですよ!」
最後まで笑いながら、私は扉を閉めた。
誰かと接するのって、こんなに楽しいことだったんだ。
「何かあったんだな」
「さあね。あの年頃の子は変わり身が早いから」
優しげに笑いながら、そんな会話をしていたなんて私には分からない。
今度は私持ちで、また保健室でお茶会を開こうと思った。もちろん先生達を誘って。