翼くんと梓くんの名前が並んだ携帯のディスプレイを不思議な気分で眺めていた。
少し前まで名前も知らなかった彼らとアドレスを交換して、廊下で会えば立ち話なんてまるで友達みたいじゃない。
自分でも、よく分からない心地がしていた。


「なんだろう、この展開……」


出会いは突然と言うけれど、本当に急展開を迎えていると思う。
陽日先生のおかげで水嶋先生や星月先生と前より話すようになった。翼くんと梓くんという、態度は大きいけど可愛い(?)後輩とも知り合いになった。

この学園に入ってからずっと孤独で、それでもいいと思い始めていたのに。
やはり、話せる人がいるというのは嬉しくなる。


「ねえ」


こっそりとにやけていたら、私の近くでそんな声が聞こえた。私にじゃないと思いつつも目がそちらを向いてしまう。だけど机の横に立っていた彼は、確かに私を見下ろしていた。


「名字だよね?」


中性的な顔立ちが、どこか神秘的。引き結ばれた唇から私の名前が呼ばれて、私は「あっ」と小さく声を上げた。


「土萌……くん?」


天文科に転校してきた土萌羊。確かそうだ。夜久さんたちと仲が良く、いつも連んでいるのを見たことがある。


「知ってたんだ。別によかったのに」


名前を呼んだだけなのに、彼は素直に不快感を露わにしていた。夜久さんたちに向ける顔ではない。彼が私を訪れた理由など知らずに、私もムッとした顔で彼に問うた。


「何か用……?」


怪訝そうな顔でそう聞けば、突然彼の目がぎらりと光った。睨みつけられているとすぐに分かって、私は小さくたじろぐ。圧倒的な存在感、周りも静かになってこちらに注目していた。


「君に月子の何が分かる」

「え?」


土萌くんが夜久さんを大事に思っていることは有名だ。だけどずいぶんいきなりだな、と私は考えていた。彼が突然私の元へ来た理由。たどってみると、それはすぐに明らかになった。
ああ、あの時梓くんと話していたときに聞かれていたのか。


「君より月子はずっと魅力的だし、君のくだらない嫉妬や劣等感で彼女を悪く言うのは許せない」


自業自得。浅はか。身から出た錆。
悪いのは私であって、彼女は何にも悪くない。そんなこと分かっているのに、直接言われてはやはり悔しいし、やるせない。

そして何より、夜久さんが羨ましい。やはり彼女は、見えないところでも大事にされている。
彼女が何も知らずに笑っている裏で、彼らはこうして守っているのだ。


「月子は可愛くて優しくて、みんなに好かれている。その理由は君も分かってるんでしょ?」


知ってるよ、そんなの。
何となくだけど、囲まれている彼女の周りはみんな幸せそうで、楽しそう。
マドンナと呼ばれる意味も分かるし、自分がそうなれないのも知っている。


「当然だよ、月子と君は全然ちがうんだから」


だけど、そんなの自分でも分かってるんだよ。だけどどうにもならないの。


「今回は忠告に来ただけだから。出来れば二度と会いたくない」


何も言い返せずに、私はいつのまにか下を向いてしまっていた。帰れ帰れバーカ、と最初は威勢があったけど、彼の言葉は私の中に深く根付く。土萌が帰って行って、静寂したままの教室内。


「おい、大丈夫か……?」


その空気に堪えきれなかったのか、私に話しかけてくれた男子生徒。
それに答える余裕はなかった。

泣いちゃ駄目、と言い聞かせながらもしっかり涙は溢れていた。
少し顔を上げれば、その男子生徒がびっくりしていた。当然だよね、冷淡って言われてる私があれくらいのことで泣いてるんだもの。

この場に堪えきれないのは、私しかいない。
涙を隠す余裕も誤魔化しを取り繕う暇もなく、私は教室を飛び出した。

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