足元を焦がす様にして鈍く反射する陽の照り返しも、段々と弱まりつつある夏の終わり。
程良く真夏の残り香を含んだ風が肌に心地好く馴染む。
もう随分と昔になってしまった幼少期、毎年この季節になると、小さな胸を高鳴らせていた。
まだ陽の高い内から綺麗に染められた藍色の浴衣を着せられて、小さな夏祭りへ繰り出す。
見慣れている筈の景色も、この目に映る何もかもがいつものそれとは全く違う物の様で、夢中ではしゃいだ。
時間も忘れてはしゃでいる間に暮れていく空の色を、やけに鮮明に憶えている。
透明感はあるが、吸い込まれる様な深い深い藍色。
気を抜くと、暮れた空と同じ色の浴衣を纏う人達がその中へと霞んで消えて行ってしまいそうで、無性に怖くなって、それでもその宵闇から目が離せなかった。
そんな自分の小さな手を、優しく握ってくれた温かくて大きな手。
幼心の中に、空の色程も深い安堵感。
その心地好い温かさが酷く懐かしくて、ほんの微かに、いつかの郷愁を覚えた。
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うんうんと、時折頷いたかと思えばぴたりと動きを止めてじっとりとした視線が修兵へ送られている。
顎に手をやりながらしげしげと己を観察し続ける平子の視線をどうにも居心地悪く感じながら、修兵は全員分の茶を淹れていたその手を止めた。
「あの、真子さん…どうかしました…?」
「なんも…修兵もなかなか現世の服装がサマんなって来とるな思て、俺並に」
「はぁ…」
何を言い出すのかと思えば、平子は未だ修兵の全身を眺めながらしみじみと呟く。
全員が集まる共有リビング、平子の唐突な発言に慣れ切ってしまっている面々は特に気に留める事もなく菓子を摘みながら茶を啜っている。
唐突にそんな事を言われても、修兵本人としては余りその実感はない。
だが確かに、こちらへ厄介になり始めた当初の頃よりは着慣れて来ているとは思う。
それと言うのも、この面子の中でも突出して身なりに気を使う平子のお陰とも言えるのかも知れない。
拳西から剥がす様にして時折修兵を引っ張って行っては買い物に連れ回しながら、着せかえ人形で遊ぶかの如く色んな服装をさせられている内にすっかり慣れてしまったという事もあるのだろう。
拳西も初めの方こそ邪魔をされた挙げ句邪険にまでされて毎度文句を言ってはいたが、修兵が何かと身なりを変えるのを新鮮に思っているのか否か、今では三度に一度の文句を言う程度で後は平子の好きにさせていた。
「次はコイツでも着けてみんか?」
「え、いやぁ、それは真子さんだから似合うんじゃないですか?それに俺結び方分からないし…」
己がカラーシャツの上に締めている細身のタイをくいくいと引っ張りながら修兵に示す。
「あかんで真子、そんなもん修兵に渡してみぃ、拳西が何に使うか分からんで、危険極まりないやろ」
「理沙の言う通りや」
「そうだぞ、ムッツリだからな」
「おい、それはお前らだ馬鹿野郎」
暫く黙って聞いていた拳西が、理沙、ひよ里、羅武からの言われ様に青筋を立てながら反論する。
同様に傍観を決め込んでいたローズが、じいっと修兵を見つめながら自分が着ているお気に入りのヒラヒラブラウスを指差した。
「今度僕の服も貸してあげるよ」
「あたしのもー!フリフリスカーフー!!」
「え…」
「「「「「それはやめとけ」」」」」
菓子にかじりついていた白もこれとばかりに便乗の声を上げる。
全員から総否定をされて、ローズ共々さも不満と言った表情を浮かべた。
いつもと変わらぬやり取りに、修兵は困った様に笑いながら拳西を見やる。
「…そう言やぁ」
今度は拳西までも、修兵をしげしげと眺めながら何かを思い出した様に呟いた。
「逆に、ここんとこお前の着物姿まともに見てねぇな」
「あ…そうですね」
言われてみれば確かにそうだ。
任務中は死覇装であるとは言え、それは拳西達の前ではないし、義骸に入ってしまえば今の様にラフな服装に着替えて過ごす事が当たり前になっている。
こちらで必要な物は殆ど彼らが用意してしまってくれている為に、わざわざあちらから寝間着用の浴衣を持ち込む事もしていなかった。
「でも、それを言うなら俺の方がもっと拳西さん達の着物姿なんて見てませんよ」
それは確かに修兵の言う通りで。
忘れ難いいつかの再会を果たした時には、既に彼らは今のスタイルが常態となっていた。
「おぉ、せや」
ふと何かを思い出した様に、平子が壁掛けのカレンダーを見上げる。
「修兵、来週また来られへんか?」
「あ、はい、今はそんなに立て込んでるわけじゃないし…何かあるんですか?」
「お、ちょうどえぇやん」
「あぁ…もうそんな時期か」
拳西やひよ里達には平子が言う所の見当は大方付いている様で、ぽかんと口を開けている修兵をそのままに話は進められていく。
何度聞いても"来れば分かる"を繰り返す面々を不思議に思いながら、修兵は首を傾げつつも来週までの予定を頭の中で一通り組み直していた。
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