「ん゙あぁぁ〜…」
鼻から空気の抜けた様な唸り声を発しながら、銀時はだらりと椅子の背凭れに体を仰け反らせ事務机に両足を投げしていた。
ぐぐぐっと足を伸ばして、脇に置かれている卓上カレンダーを横着に引き寄せる。
新八の几帳面な字で多くはない依頼予定を書き込まれたそれらを目で追いながら、指折り数えては髪をがしがしと掻き混ぜて幾度目とも知れぬ盛大な溜息を漏らした。
およそ三週間振りに顔を合わせたと言うに、幾ら職務中とは言え喧嘩にもならなければ味も素っ気も無さ過ぎる。
その上、しょぼくれていた自信に追い打ちを掛けるには十分なあの態度はどうだ。
昨日見た余りに無関心な土方の表情を思い返して項垂れる。
「愛されてねぇのかな俺…」
べたりと机に顔を突っ伏して、電話にそろそろと手を伸ばしかけては止める動作を繰り返す。
四度目、頭の隅でヒュンと黒い影が飛び上がり、そのままそれは銀時の右腕へ一直線に落下した。
「い゙っでぇぇえ゙ェェーッ!!」
「さっきからハァハァうるさいネ銀ちゃん発情期アルか」
「いいいいやいやいや発情も出来ないこの寂しさをって言うか乗ってるから腕に全体重乗ってるからァァア!!!」
投げ出していた銀時の右腕に着地をした神楽が、青筋を立てながら酢昆布をぐっちゃぐっちゃと噛み砕いている。
いくら軽量な神楽と言えど腕一本に人一人分を預けられた銀時は骨の軋む音に悲鳴を上げた。
「辛気クサイ溜息ばっかりつきやがって酢昆布がまずくなるアル、責任取って一ヶ月分弁償しろヨこのマダオ」
「おま、切ない胸を痛めてる銀さんにその仕打ち?パシリ?ていうかいい加減腕から降りてんなもん自分で買いにブフォアッ!!?」
両足の爪先で乗っていた腕を踏み台にして、神楽は軽々身を翻すと銀時の背後に回りその首元にずっしりとのし掛かったまま組んだ両腕をその頭に乗せた。
ようやく解放された腕をさすりながら、今度は頭の重みに耐える様にくぐもった呻きを漏らす。
「か、神楽テメェ…」
「いくらマヨが来ないからってヘタレまき散らされたらいい迷惑ネ」
「…なんだよ分かってんじゃねぇかほっとけコノヤロー」
「銀ちゃん情けないアル、あのニコチン野郎の方がよっぽど男らしいネ2個チ○コあるよニコチ○コ見習うヨロシ」
「おめー一応女の子でしょうがァア!チ○コチ○コ言うな!大体土方には一個しかねーよそんなん銀さんがいっつもこの目でちゃんと見てん」
「不潔ネ淫モラルネ!下らねーこと言ってないでさっさと酢昆布買って来いヨ、いつまでもこんな辛気クサイへたれに付き合ってられないアル」
「言いたい放題だなオイ!」
「としちゃん遊びに来ないとつまんないアル」
「え、ちょ、」
言いながら神楽は頭に掛けていた腕を銀時の首元へ回し、そのまま勢いを付けて万事屋の玄関までその体を吹っ飛ばした。
「ええぇぇえええぇぇ!!?」
引き戸をぶち破って外へ放り出された銀時の上へついでに洞爺湖を投げつけて、神楽は悠々ソファに寛ぎながらテレビの前を陣取る。
「今からピン子始まるネ、観終わるまで帰って来るんじゃねーぞ」
散々に扱われた挙げ句冷たく言い放たれた銀時は、ぐしゃぐしゃと掻き回していた髪に申し訳程度の手櫛を入れてのそりと立ち上がった。
投げつけられた木刀に愛車の鍵が引っかけられているのを見て、なんとも居たたまれない気持ちになりながら万事屋の外階段をだらだらと降りた。
(ガキに発破かけられてちゃ世話ねぇわチクショー…)
神楽に吹っ飛ばされて強かに打ち付けた腰をさすりながら、銀時は真選組の屯所へ原チャリを乗り付けた。
もう特技にすらなってしまった裏手からの侵入を果たし、そのまま勝手知ったると言わんばかりに廊下を真っ直ぐに突き進んで最奥に位置する副長室を目指す。
「あ!ちょっと旦那、裏から侵入するのやめて下さいって言ってるでしょうが!!」
途中、ばったり出くわした山崎が銀時を見つけてびしりと指差した。
「おうジミー、今日の土方くん何色ー?」
「は?何がです?パンツですか?」
「おいコラ地味テメェ土方のパンツ見た事あんのかコノヤロォォォ!!銀さんだって最近見てねぇんだぞゴルァッ!」
ぐわしと、胸倉を掴み上げて迫る銀時に山崎が目を白黒させる。
「ちょ、ぐぇっ、アンタが振ったんでしょうがァァッ!!」
「そうじゃなくて、お宅の副長さんいんでしょ?」
ぺいっと放り捨てられて、山崎は涙目になりながら盛大に噎せた。
「げぇっほ、なんなんですかもう…!いますよ、ただ…」
「ただ?」
「ここの所激務で、特にこの三週間位えらい機嫌が悪いんで、叩き出されても知りませんよ」
そう山崎に言われて小一時間。
副長室へとすんなり侵入を果たしたは良いが、これでは叩き出されている方が遙かにマシなのではと思える程、土方からのリアクションが薄過ぎる。
「土方」
「おう」
「暇」
「おう」
「明日大江戸中のスーパーからマヨが消えるってよ」
「おう」
「俺、結野アナと結婚するわ」
「おう」
「・・・」
延々と気のない返事を寄越される。
背後に転がる銀時に目もくれず、土方は時折黒や灰色の吐息を吐き出しながらその視線を目の前に積まれた書類へ落とし静かに筆を走らせていた。
相変わらず、そのくすんだ吐息の色に変化は見られない。
しかし、暫く注視している間に、その黒に近い灰だったそれが少しずつ白みを帯び初めているのに気が付いた。
銀時はふと思い立って滅多に言わない呼び名を口にした。
「十四郎」
「!!」
ぴくりと、土方の肩が反応を示す。
途端、吐き出された煙草の煙が、薄桃混じりのそれを昇らせた。
銀時はのそりと起き上がり、今度は耳元でその名を囁く。
「なぁ、十四郎」
「っ!」
耳元の低音から逃げる様にしてばっと背けられた土方の口元から、今度こそはっきりと淡いピンク色の吐息がほうっと吐き出された。
見れば、その耳元はこれ以上ない程赤く染まっていて。
(やべぇ…)
おおよそ三週間分の何かが銀時の中で弾け飛び、気付けば土方から煙草と筆を奪い取りその体をがばりと畳へ押し倒した。
「ちょ、おい!退け!仕事中だ邪魔すんな!!」
捕られていない方の腕で朱の昇っている顔を覆い隠しながらの抵抗では何の迫力も無い。
「無理無理、そんな面されちゃあ土方くんも仕事どころじゃないでしょうよ」
「どんな面してるってんだ!」
「いやいや、どんな面っておめぇ…ここずっと会えなくてムラムラしてたのは銀さんだけじゃなかったって面だろそれ」
「うるせぇ!!いきなり来やがって!!大体三週間振りなんざどんな面して会えばいいか分かん…っ」
言い掛けて、慌てて土方がばっと己の手でその口を塞ぐ。
「へぇ…」
それを見た銀時の口角がにやにやと吊り上がっていく。
(オイオイ可愛過ぎんだろオメェ、帳消しだ、こんな分かりやすい奴居るかってんだコンチクショウ)
「どんな面してでも会いに来りゃいいじゃねぇか、つまんねぇ意地張りやがって…取り越し苦労だバカヤロウ」
「うるせ…何の話だ、意味分かんねぇよ」
「いいんだよ分かんなくて、それより…」
悔しそうに唇を噛み締める土方の口元を指先で柔らかく撫でながら、
「もう仕事も手につかねぇだろ?なぁ…十四郎」
「っ!…好きにしろ」
するりと、その細い腰を締め付けている帯を抜き取った。
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