「だから何っ度言ったら分かんだこのバカ本!!」

例の如く、予告も無しに玄関を無視して窓を突き破らんばかりの勢いで万事屋に現れた坂本を、銀時はぐるぐるの簀巻きにした挙げ句足で踏み潰しながら青筋を立てていた。

「あははは酷いぜよ金時ぃ、そんなに怒る事もなかろう〜、ただのいつものモニター依頼ぜよー、アヤシイもんじゃないきにー」

「もうオメェの依頼は受けねぇって言ってんだろうが!!お前俺がこの間散々だったの知ってんだろうが!」

このやり取りこそもう何度目か。

坂本が宇宙から持ち込んで来る胡散臭い薬品のサンプルを渡されては、モニターと称してその使用感を報告する代わりに報酬を受け取ると言うものだ。
それらは服用するもの塗布するものタイプは様々で、流石天人製、その効果もバラエティに富んでいた。
中には地球人になんら変化を齎さない物もあったが、某所にナニが生えたとか、一部獣人化だとか、散々な目に遭わされている事も少なくない。
だが文句を言いつつ倍の依頼料をぶんだくっているのだから銀時も一方的に追い返せたものではないのだが。

「まぁまぁ今度のは心配ないきに、また感想聞きに来るぜよ〜」

「いやもうお前面倒くせぇからい」

「お?おぉ〜そろそろ陸奥のお迎えじゃぁ〜」

「ってちょっと聞いてんのかよオィィィ!!」

お迎え、と言うよりは寧ろ回収に近い形で摘み上げられる様にして連れ去られた坂本の声がフェードアウトしていく。
傍迷惑な嵐が去った万事屋のソファへげんなりと腰掛けた銀時の目に、坂本が置いて行った"新薬のサンプル"がチラリと移った。

「…どうせまたロクなもんじゃねぇだろ」

掌大の箱入りになっているそれを開ければ、中には無色透明の液体が入った小瓶が納められていた。
取り出した瓶を胡散臭げに眺める。
くるりと反転させたそれのラベルを見て、ふと首を傾げた。

『○○ミエ〜ル』

○○の部分が潰れてしまっているのか何かの記号なのかで良く読み取る事が出来ない。
ますます胡散臭さを増すそれの取り扱い説明書を、銀時はしげしげと読み始めた。

『恋のお悩み一発解決!
 愛されている自信の無いそこのアナタ!
 これで惚れた相手の中まで見えまくり!
 惚れた腫れたの色恋特効薬!
 マンネリにも効くヨv』

(…なにィィィィィ!!??)

まるで今の己をピンポイントでターゲットにされているかの様な歌い文句に、説明書を握る銀時の手がわなわなと震える。
先の怒りも忘れ、今銀時の頭の中を締めているのは恋人である土方十四郎一色だ。
思えば想いが通じて早や三ヶ月、本来ならば蜜月と言っても過言では無い程の日々を過ごしていてもおかしくはない筈で。
勿論、世間一般の恋仲とは全く事情が違う上、相手は忙殺に忙殺を塗り固めた様な真選組の副長様だ。
当然一般論ではいかない事は初めから承知なまでも、それでも今のこの二人の状況はとても恋人同士などと言う甘い括りに納められる様なものでは無かった。
想いを告げたのも会いに行くのも銀時、連絡を寄越すのも勿論銀時、屯所への侵入も10回に一度相手をして貰えるか否かだ、その上ここ三週間近くはまともに顔すら見られていない。
これのどこが恋人だと、考えれば考える程情けなくなるのも当然。
そんな銀時にとって、目の前にあるこの文面はなんとも魅力的だ。

(一発解決ってマジかよおい、惚れた相手の中まで丸見えってことはおま…十四郎が丸見え?え、ナニが?アレミエ〜ル?ナニミエ〜ル?ドコミエ〜ル!?)

ゴクリと、銀時の喉が鳴る。

切実な悩みから来る邪な期待と好奇心に負けた左手が瓶の蓋を開け、そのまま一気に飲み干した。

「あっま…!!」

この男ですら噎せ返りそうになる程の甘さに眉をしかめるも、効果の程が気になる所だ。
銀時はいそいそと身形を整えて万事屋を後にした。




* * * * * 




見回りの時間だろうと中りをつけて歌舞伎町をぶら付く事数分。
偶然か日頃の行いか、すぐに目当ての人物を見つける事が出来た。
捕り物かテロでもあったのだろうか、"立入禁止"のテーピングで囲われた中で険しい顔をしながら隊士達に指示を飛ばしている。
予想をしていたよりも状況は些か物々しいが仕方がない。
銀時は早速薬の効力を確かめようと、騒ぎの中心にいる土方を観察し始めた。

しかし。

銀時の邪な期待とは裏腹に、土方は常日頃の様子を一切変化させる事なく職務に勤しんでいた。
銀時に気付く事も無ければ、髪が伸びたりましてやきっちりと纏われた隊服が透けて見える様な事もない。

(あの野郎…)

大きく裏切られた期待に、坂本へ割り増しの依頼料をふっかけてやろうかと再び怒りを沸々とさせ始めた銀時の目がふと妙なものを捉えた。
土方がくわえている煙草の煙に、ほんのりと色が付いているのだ。
本来ならば白い筈のそれは、今微かに淡い緑色を帯びている。

(おいおいなんだよアイツ、あの奇抜な煙草は…)

そうは思うも、あのニコチン中毒がそう簡単に煙草の銘柄を変えるとも思えない。
銀時は懐から説明書を取り出して裏面を読み始めた。

『平常心=緑色
 怒り=赤色
 リラックス=青色
 お疲れ=灰色
 殺伐=黒色
 トキメキ=ピンク色
 これでアナタも空気の読める素敵な恋人色付き吐息vv(改良版)』

(見えるってそれかよ…!)

ふざけた内容のそれに頬がひくりと引き吊るも、銀時の期待が見当違いだったと言うだけで、どうやら効果がゼロと言う訳ではないらしい。
それを証拠に、今山崎を捕まえてガミガミと何かをまくし立てている土方からは烈火の如く赤い吐息が吐き出されている。
そんな土方の肩に、近藤が後ろからぽんと手を置いた。
途端、怒りを収めて肩を竦ませながら盛大に吐き出されている溜息が次第に青く変わっていく。
近藤の一言で宥められているその様が、銀時には非常に面白くない。
だがそれも、己を目にした途端ピンクにでもなってくれれば少しは見逃せると言うものだ。
一歩、二歩と、土方に近付きながら声を掛けようと手を上げたその時、ふっと互いの視線がかち合う。
あ、と思ったのも束の間、土方の吐息は何の色も成す事なく、そのままくるりと銀時に背を向けて隊士達の輪の中へ入って行ってしまった。

(なんっだよ、それ…)






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