九番隊所属の隊士達にとって、年に一度開催されるこの大宴会はある種特別な意味を持っていた。
他隊の事情はどうか知れないが、九番隊士にとってのこの日はとにもかくにも特別なのだ。
言うにその訳は、自隊の隊長代理兼副隊長である檜佐木修兵にある。
隊務中は常に冷静沈着で英知に富み、行動力や采配力どれを取っても非の打ち所がない。
何があろうと、身も心も凛とした佇まいで隊を纏め上げている。
隊士達にとって修兵は、厚い信頼と羨望の眼差しを注ぐべき誇れる上官だ。

その修兵が、この日ばかりはがらりとその様相を変えるのだ。

激務からの解放感に酒の力も手伝ってか、日頃怜悧とすら思わせる表情や真っ直ぐに伸ばされた背筋はすっかりと形を潜めていた。
甲斐甲斐しく世話をする隊士達に囲まれて、膝を崩し目元をほんのりと赤く染めながらにこやかにその酌を受けている。
元より肌が白い分酒気が回ればその変化はすぐに現れる。
項の辺りから首筋までが薄く色づいて行くその過程はなかなかに艶めかしく、緩んだ袷から覗く日頃隠されている素肌が垣間見える様は益々その色気を助長させていた。
上司として慕う尊敬の域を飛び越して、密やかに邪な感情を抱いている者も少なくない。
宴が始まってからずっと、その熱の篭もった視線は本人の気付かぬ所で焦がれる様に注がれていた。




(面白くねぇ…)

片膝を立て伝法な仕草で酒を煽りながら、宴席だからとて不機嫌を隠す事もせず、阿近は時折苛立たし気に指先で畳をかつかつと叩いている。
毎度酒の席では必ずと言って良い程修兵の隣を陣取り、牽制の意味も含めて本人が度を越さぬ様目を光らせているのだが、今回はどうだ。
周囲をがっちりと隊士達に囲まれ、入り込む隙がない。
勿論強引に割り入って浚ってしまう事などわけは無いのだが、隊士達の一年間の労をねぎらいながらも嬉しそうに言葉を交わし時折酌をしてやりながら呑んでいる姿を見ていると、今年だけは大目に見てやろうかと塵程の理性と良心が未だ素面でいる頭に働き掛けてくる。
それに正直、惚れた欲目かそんな表情の修兵を見ているのも悪くはないとすら思えてしまう。

そんな阿近を横目に、隊士達は心の中でぐっと拳を握り締めていた。

(((((大人しい…!)))))

滅多に修兵と酒の席を設けられる機会のない彼らにとって、今年暗黙の内に結託した"年に一度、ほろ酔いの副隊長を独占する"為の第一必須条件。

−技局の鬼から遠ざけろ−

単独で立ち向かえる者が居ないのならば、人海戦術だ。
日頃修兵へ付こうとする"悪い虫"を闇に紛れて一匹残らず払っているこの鬼を、今年こそ人壁でガードする。
何とも安易な手段だが、予想外になかなか大人しい阿近にほっと胸を撫で下ろしていた。

そんな隊士達の様子をじっとりと見据えながら、旨くも感じない酒を煽っている阿近のすぐ隣へデカい図体がどっかりと腰を下ろした。

「ほーう、珍しいっスねぇ」

(…またデケェ虫が来やがった)

「何がだ」

一升瓶片手にニヤついた笑みを向ける恋次を睨み付ける。

「先輩取られて手酌酒、って所っスか?」

言いながら、くいと顎で目の前の光景を指した。
変わらずこちらを気にする素振りも無く、蝶よ花よとでも言う様に隊士達からひっきりなしに構われている修兵が目に入る。

「…煩ぇ。譲ってやってんだよ、たまにはな」

「へぇ、じゃあ…俺にもちっとは譲って下さいよ」

それを聞いた阿近の額へ、血管が一筋ピキリと浮き立った。
昔から、恋次が己と同類の想いを修兵へ抱いている事は知っていた。
それは当人が気付かぬ事が可笑しな程の明から様な想いで。
だがその熱烈な求愛活動も、自分と修兵が恋仲になってからは随分と波が去ったものだと思っていたのだが。

(諦めの悪ぃ野郎だ…)

恐らく酔いが回っている所謂もあるのだろう。
いつになく好戦的な態度を向けてくる恋次に、心中で大きく舌打ちをする。

「テメェにゃやらねぇよ」

「隊士達が良くて俺が駄目なんて、不公平じゃないっスか」

「もう良い加減あいつを諦めたらどうだ、往生際の悪い男はモテねぇぞ」

「フン。もしかして…自信無いんじゃないっスか?」

鼻を鳴らしながら挑発を口にする恋次に、阿近の目が完璧に据わり始める。
すかした振りをして飲みながら、阿近もなかなかに酒気を回らせていたようで。

「なんだと?」

「あんだけ隙だらけなんだ、案外ころっと来ちまうんじゃないスかねぇ、阿近さん?」

「ふざけた事言ってんじゃねぇ、あいつは俺以外にゃ靡かねぇよ」

「だったら…証明でもしてくれるんスか」

「はっ、上等だ。丁度良い、此処で話つけてやろうじゃねぇか」

「そりゃこっちの台詞っスよ」

「吠え面かくなよ、この赤猿が」

阿近は恋次の手から一升瓶を奪い取ると、小振りな杯を捨て持ち替えた升へ溢れんばかりに酒を注ぎ込んだ。






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