(…あれ?)

あと数杯で足に来そうだと言う所で、不意に違和感を覚えて辺りを見渡した修兵は首を傾げた。
ついさっきまで視界の隅に捉えていた橙頭が、宴会場の何処にも居ないのだ。
やちるを構っている所までは気付いていたのだが、その後の様子が分からない。

知った顔ばかりなのだから良いだろうと、ほんの軽い気持ちでそう踏んでいたのだが、良く考えれば酔っ払い共の中に一人素面で居る状況はやはり余り面白いものではないかもしれない。

「先輩、どうしたんスか?」

すっかり据わった目で更に酒を勧めて来ようとする恋次を手で制して立ち上がる。

「俺ちょっと外すわ」

それを聞いたイヅルや恋次がブーブー文句を言っているのを尻目に、そこかしこに横たわっている屍を足で掻き分けながら広間を後にした。




(拗ねたか…?)

余りに放っておき過ぎてもしかしたら帰ってしまったのではないかとも思ったが、毎度垂れ流しの霊圧を辿った修兵は廊下で一人小さく笑った。
恐らくその方向を辿るに、一護の向かった先は現世の自宅でも何処でもなく、九番隊舎の修兵の私室だろう。
余りに分かり易いその行動が妙に可愛らしく思えてしまう。

(しょうがねぇな、構ってやりますか…)



「おい黒崎、居るんだろ?」

名を呼びながら帰り着いた私室へ入れば、奥の方から短い返事が聞こえてくる。
恐らく奥に居るのだろう、執務室の続きになっている和室の障子戸へ手を掛けた。

「おう、早かったな。邪魔してるぜ」

戸を開けた先の光景を見て、修兵が固まる。

「お前…邪魔どころかくつろぎ過ぎだろうが…」

勝手知ったるなんとやら。
押入から引っ張り出して来たのだろう、畳のど真ん中へ敷いた布団の上へ寝そべり手枕をしながら、すっかり馴染んでいる一護が片手を上げてこちらを見上げていた。

「いいじゃねぇか、暇んなっちまったし」

「あぁ、悪かったな…」

言いながら修兵は布団の傍らへ腰を下ろす。
それを横目に見ながら、一護はごろりと仰向けになると、頭の後ろで両腕を組む体勢になった。

「別に、まだ飲んでても良かったんだぜ?」

投げ遣りなその台詞に苦笑いを漏らすと、修兵は一護の顔の横へ片手を付きその顔を覗き込んだ。

「怒ってんのか?拗ねんなよ」

くしゃくしゃと橙色の髪を掻き混ぜながら少し意地の悪い表情を作る修兵を見て、一護は少しむっとした顔をする。

「ガキ扱いすんな。…怒ってると思ってんなら俺も構えよ」

眉間に皺を寄せたまま、伸ばした手で修兵の頬へ触れる。

「なんだよ、お前草鹿副隊長とべったりだったじゃねぇか」

それを聞いた一護の口角がニヤリと吊り上がった。
言ってしまってからはっとして己の口元を押さえようとした修兵の手首を掴み、ぐいと腰を引き寄せてそのまま自分が寝ていた布団へと引き倒す。

「ちょ、おい、黒崎!」

「なんだよ、気にしねぇでこっち戻って来れば良かっただろ」

「寝てるとこ起こしちゃ申し訳ないだろうが」

「ふーん…ちゃんとこっちの事見てたんじゃねぇか」

「な…、見てねぇ!」

どんどんと墓穴を掘っていく修兵に、一護は先までふてくされていた自分の事などすっかり忘れ、上機嫌でその顔を見下ろした。

「なぁ…ちゃんと大人しく待ってたんだからさ…」

するりと、修兵の腰を撫でる。

「ちゃんと…俺の相手もしろよ」

「っの、エロ餓鬼!」

「エロで結構」

修兵の肩を敷布へ押さえつけながら、するすると腰帯を緩めていく。

「おい!ここ何処だと思ってやがんだ!」

「隊舎。年に一回の宴会なんだろ?一晩誰も戻って来やしねぇよ」

しれっと悪びれもなく告げる一護に、頭でも一発はたいてやろうとするが密着している体に阻まれて手を出す事が出来ない。

「おっ前、こんな事ばっかり覚えやがって!」

顔を赤くしながら悔しげにキッと睨み付けて来る修兵の顔を、一護は随分と余裕の表情で見下ろしていた。

「なぁ、檜佐木さん知ってるか…?俺がこんなん覚えたの、あんたのせいだぜ?」

真っ直ぐに見据えられながら囁かれた低い声に、修兵の体がぎゅっと竦む。

「俺さ、あんたが良く言うまだ"ガキ"だから…こんな事すんのも…」

言いながら、一護は緩めていた修兵の腰帯を一気に抜き去った。

「こんなんも…」

ぺろりと、固まっている修兵の唇を一舐めする。

「あんたが全部、ハジメテなんだぜ…?」

「っ!?」

なんとも大胆に赤裸々な告白をしているのは一護の方だと言うのに、修兵はまるで自分が辱められている様な羞恥心を覚えて顔から全身へカァッと熱を走らせた。
そう言われてみて、改めて気が付いたのだ。
随分と長くこちらに居る自分とは違い、一護はまだほんの十代なのだ。
その一護が生まれて初めて経験する色恋沙汰の諸々を、修兵が全て与え、或いは貰ってしまっている事実に今更ながら何処かイケナイ様な、恥ずかし過ぎる背徳感が頭を擡げてくる。
顔を覆ってしまいたくなる様な、むずむずと胸の底がこそばゆくなる様な、だけれどもっと、手を伸ばして奥の方まで触れてしまいたい様な。

ころころと変わる修兵の表情の変化を楽しんでいた一護が、再びにやりと口の端を上げて見せた。
普段少年と青年の狭間でゆらゆらと揺れている一護が垣間見せる、見惚れる様な男の顔だ。

「だからさ、俺が"ガキ"じゃなくなるまで、教えてくれよ。…あんたの知ってるコト、全部」

耳元で囁かれたそれに、とろりと全身の力が抜け落ちてしまいそうになるのを感じながら、修兵は一欠片だけ残った最後のプライドを振り絞った。

覆い被さる一護の胸元を、つうっと指先でなぞりながら。

「あぁ…、叩き込んでやるから、全身で覚えろ」

「っ!上等…!」





* * * * * 





(くっそ…煽んじゃなかった…)

自分の負けず嫌いが災いした結果、散々に酷使された体で修兵はぐったりと敷布の上へうつ伏せていた。
そのすぐ隣、余裕綽々と言った風にさも満足と言った顔でこちらを見下ろしている一護をぐっと睨み上げた。

「…オレンジジュースの癖に」

我ながら目の前の男に負けず劣らず子供じみた負け惜しみが口をついて出たものだと思うが、これがなかなか相手のお怒りに触れた様で。

「あ゙?」

途端に眉間へ刻み込まれる縦皺。

「馬鹿にすんな、そのオレンジジュースにへろへろにされてんのは何処のどいつだよ」

「………」

至極尤もなそれに反論の言葉が見つからず、修兵はぶすくれた顔で悔しげに枕へ顔を埋めた。

「ふん、酒ぐらい幾らでも教えてやっから、ガキ扱いされたくなきゃさっさと成人しやがれオレンジジュース」

「へぇ…どうせ教えてくれんだったら…」

するりと、綺麗に浮かび上がる修兵の背骨を辿る様に掌を滑らせる。

「こっちなら素直に教わんだけど…なぁ、檜佐木さん?」

「っ!!このクソガキ…ッ!」

「痛ェッ!抓ることねぇだろ!」

爪を立てて思い切り抓られた。
赤くなった二の腕の内側を擦りながら一護が抗議の声を上げる。

「…ったく、どっちがガキだか」

「フン…」

「あ、そういや…やちるに全部あげちまった」

「は?何を?」

「チョコ、あんた好きだろ」

−一個しか持って来なかったんだよなぁ−

言いながらがしがしと後頭部辺りを掻く一護を見上げて、修兵はふっと吹き出した。

「いいよ、気にすんな」

小さく笑いながら、重怠い体を持ち上げて甘える様に一護の肩口へ擦り寄った。

「またすぐ、持って来てくれんだろ?」

「…毎日でも持って来てやるよ」

頬を掠める修兵の髪へ口付けを落としながら、一護も含む様な笑みを浮かべた。






「俺太っちまうじゃん」

「いいんじゃねぇ?檜佐木さん細ぇし…」

「ちょ、おい、何処触ってんだ、よっ!!」

「イテッ!!」



−END−



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