宴が始まって数時間程。
勢い衰えるどころか場は賑やかさを増すばかりだ。
その状況下で際立って酒癖が悪いのは、言うまでもなく十一番隊の面々で。
自隊を皮切りに諸隊の隊士までをも捕まえては飲み比べと称して潰して回っている。
既に剣八らの周辺には屍と化した者達が転がり、死屍累々然としていた。
そんな地獄絵図を、一護はグラスに入ったオレンジジュースを片手にぼんやりと眺めていた。
自主的に酒の杯を受け取らなかったのだから、相当に酔っている周囲と素面の自分との温度差は仕方がないと言える。
だが、"せっかくこっちに呼ばれたんだから"とさっきまで一護の隣で穏やかに飲んでいた修兵までも、半ば引きずられる様にして騒ぎの中へ混ざりに行ってしまったのだからつまらない。
甘ったるいオレンジジュースの注がれたグラスを恨めしげに見遣る。
なんだかそれにまで"まだまだガキだ"と言われているようで益々面白くなかった。
射場や恋次に肩をがしりと掴まれて、注がれるままに杯を空けている修兵は遠目から見ても上機嫌だ。
(こっち、見ねぇかな…)
じとりと視線を送ろうが一向に気付く気配も見せず、どんちゃん騒ぎの輪の中だ。
「いっちーはお酒飲まないのー?」
「のわぁっ!」
突如、自分の視界を一杯にしたピンク色に奇声を上げて仰け反った。
「あ、あぁやちるか…びっくりさせんなよ…」
ドキドキと跳ねる心臓の辺りを押さえながら、鮮やかなピンクの正体を確認してほっとする。
くりくりとした大きな目を更に見開いて、目の前にちょこんとしゃがみながら小首を傾げて一護を見上げていた。
「ねぇ飲まないの?」
「あぁ、一応未成年だしなぁ…。やちるは剣八達とは飲まねぇのかよ?」
「みせいねん?ふーん、あたしはお菓子のがいいもん!」
それに、隊士達と酒を飲んでいる時の剣八は遊んでくれないのだと言う。
あの剣八がどう遊びの相手をしてやっているのか想像が出来ないが、つまらなそうに頬を膨らませるその姿が愛らしく、一護は自分の妹達を重ねながら表情を緩ませた。
「ははっ、俺とおんなじだな…そうだ、」
やちるの頭を撫でてやりながら、一護は何かを思い出したかの様に懐をごそごそと漁り出した。
キラキラと銀色に反射する薄紙と茶色い包装紙に包まれた平たいものをやちるに差し出す。
「チョコ、現世の菓子だけど、食うか?」
「食べるー!!」
受け取ったやちるは早速包装紙を破り、自分の顔程のそれを頬張った。
「おいしー!!ありがといっちー!」
「全部食っちまってもいいからな」
見ているこちらが胸焼けを起こしそうな程の勢いでそれを完食したやちるは、満足したのかすっかり一護に懐いてしまった。
自分よりも遙かに年を重ねていようとまだまだ中身は子供なのだろう、今や一護の胡座の上を陣取って熟睡してしまっている。
(なんだかなぁ)
まるで子守をしに来たのかと言う様な状況に、苦笑いを漏らす。
そろそろ足の痺れを覚えて来た一護は、やちるを起こさない様両腕に抱えながら慎重に立ち上がった。
そしてそのまま剣八の元まで行くと、未だ酒を煽っているそのでかい背中へぺたりとやちるを貼り付ける。
目を覚ます事無く器用に眠る小さな体。
「あ?…なんだ、寝ちまいやがったのか」
「あぁ、返しに来た。剣八もあんま飲み過ぎんなよー」
そのままひらひらと手を振りその場を後にした。
「あ゙ぁ?」
柄の悪い返事に一言多かったかと少々身構えたが、高い酒に気分が良いのかはたまた剣八にも"親心"らしいものがあるのか、いつもの様に喧嘩をふっ掛けて来る様子は無い。
幸い一角や弓親も剣八に潰されて伸びていた為、捕まる事無く部屋を抜け出す事が出来た。
(どうすっかな…)
すっかりと暇になってしまった一護は、なんとなく宙ぶらりんな気分のまま散歩がてらふらふらと歩き始めた。
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