「え、あんたまだ修兵とくっついてなかったの!?」

宴が始まって一刻半程度。
この場に居る誰よりも多く銚子を空にしている筈の乱菊が、未だ微塵も酔った素振り一つ見せずに驚嘆の声を上げる。
彼女特有の張りのある高い声は宴会場の隅にまで響いた。
幸いこの騒ぎの中でそれを気に留める者は居なかったが、状況が悪過ぎる。
数十分前、半ば強引に乱菊のペースに合わせて杯を煽り続けていた修兵は簡単に潰れ、今や凭れる様にして恋次の膝を陣取り完全に熟睡し切っていた。
その頭上で交わされる会話にしては、これは恋次に取って心臓に悪い事この上ない。

「ちょ、乱菊さん声でかいっスよ…!」

慌てた様に乱菊の顔の前へ手を翳しながら、恋次は必死に声を潜めながらそれを制止する。

「こんなんじゃ起きやしないわよ。なぁんだ、あたしてっきりもうとっくにくっついてあわよくばヤッちゃってるもんだとばっかり思ってたのにー」

乱菊の開けっ広げな性分に酒の勢いも手伝ってか、オブラートなど存在しない物言いをされて恋次の目がひん剥かれた。

「なっ、ヤるって…!」

「乱菊さん、買い被り過ぎですよ、阿散井君にそんな事出来る訳ないじゃないですか。見かけによらず甲斐性がないんだから」

「おい吉良テメェ…!乱菊さんも乱菊さんですよ、どうしてそんな発想になるんスか…」

「だって、あんた達いっつもベタベタ一緒にいるじゃない。傍からすりゃそう見えるわよ」

現に、今の状態とてそうだ。
すっかりと気を抜いて恋次に身を預けている修兵を見れば、そうなっていない事が不思議である程に甘えきった雰囲気を醸し出している様に見えてしまう。

「そう…、なんっスか…?」

それを指摘された所で恋次には全く自覚の一つも無く、それどころかまるで"有り得ない"とでも言うような顔で乱菊へ視線を寄越した。
それを一瞥してイヅルが小さく溜息を吐く。

「昔は檜佐木さん、下級生達に"高嶺の花"なんて言われてたりしたんですよ」

「ふーん」

「阿散井君ビビリだし、手を出すどころか全然…」

「へぇ、男の癖に随分なっがい片思いしてんのねぇ」

「…あんた達は俺に何か恨みでもあんのか」

乱菊もイヅルも、常からの失礼極まり無い発言に拍車が掛かっている。
面倒な二人に囲まれたと、恋次はすっかり酔いの醒めてしまった頭をげんなりと抱えた。
渦中になっているもう一人の当人は、未だ己の膝の上で寝入っているのだから早くこの話題を切り上げてしまいたい思いで一杯だ。

"そう"だったならばどんなに良いかと、想像しない日はない程に実際恋次は修兵への想いを数十年と抱き続けている。

悲しいかな、イヅルの言っている事は正しいのだ。
鬼道も学科もめちゃくちゃだった落ちこぼれで、剣一本だけでここまでのし上がって来た自分とは比較にもならない。
同じ流魂街出身ではあるが、嘗ての九番隊隊長を育ての親に持つのだと、その上自分が霊術院へ入学した頃にはもう既に筆頭として院生達の前へ凛と立っていて、鬼道も学科も剣術も全てに於いて憧れの存在だった。
そんな修兵に今の様な想いを抱いたのはいつだったか。
年月が経ち過ぎて忘れてしまったけれど、確かに乱菊の言う通り、自分でも随分とここまで引っ張って耐えて来たものだと思う。
だからこそ逆を言えば、もうこのままでも良いのではないかと思っている自分も居るのだ。
欲を言い出せば際限無く溢れ出てしまいそうになるのは確かだけれど。
ただ現在の関係のバランスを崩してしまうよりはいっそ、"副隊長"と言う同じ土俵に立つ事が出来て今の様に傍らで酒を酌み交わす事が出来る、それだけでも十分じゃないかと、己へ言い聞かせる事にも随分と慣れてしまったものだ。

「あぁもう、焦れったいったらないわ!」

ガンッと、手にしていた杯を机に叩きつけて目を据わらせた乱菊が恋次の顔をじっとりと睨み付ける。

「え・・・?」

「恋次あんた、今まであたしがどれだけお膳立てしてあげてたと思ってんのよ!?」

「いや、あの、乱菊さんのはお膳立てって言うより…」

「うるさい」

横から口を挟んだイヅルをぴしゃりと遮る。

「修兵だって絶対あんたの事好きよ、さっさとソレ持ってってくっついちゃいなさいよ!」

「うえぇ!?」

からかう対象が一人潰れてしまっていてどうにも物足りないのだろう。
自分でふっかけておきながら、さも飽きたと言わんばかりに今度は二人を追い出しにかかる。
散々な扱いを受けながらも、逃れられるのならこれ幸いと、恋次は修兵を揺り起こし、脱力しているそれを半ば引きずる様にして宴会場を後にした。

それをじとっと見送りながら、乱菊は新たに次の銚子を引き寄せイヅルに酌を促した。

「…あの子もなかなか狡いわねぇ」

「乱菊さん…?」

さも楽しげな表情でぼそりと呟く乱菊に、イヅルが怪訝そうな顔をした。

「別にぃ、また暫くただ酒が飲めると思って!」

「はぁ…(怖いなぁ…)」





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