歌い出す者、興を行う者、絡み酒に徹する者など様々なる光景が繰り広げられている。
その中で、隠れた性質の悪さを披露しているのがイヅルだった。
日頃の堅実さや謙虚さは何処へ、完全に据わり切った目で恋次辺りを捕まえては延々と説教混じりの蘊蓄を説いている。

(始まったなー…)

遠目にも恐ろしい光景を眺めつつ、修兵は自分へ災難が及ばぬ様、自隊の隊士達の元で拳西の陰に隠れる様にしながら甲斐甲斐しくその杯へ酌をしていた。
目も当てられないような有様を呈していく辺りの状況を抜きにすれば、こうして拳西に酌をしながら酒を酌み交わす事こそ久しぶりだ。
他隊が忙しければ、九番隊はそれに輪をかけての激務なのだ。
周りの喧噪など何処吹く風、日頃なかなか飲む事のないような高価な酒で時折互いに談笑をしながらの今の状況は少し嬉しくもある。

暫しその空気を楽しんでいた矢先、修兵の視界の隅へ一升瓶がドーンと出現し、さっきまで対角線側に居た筈のイヅルの顔がにょきっと目の前へ突き出された。

「げっ、お前いつの間に…」

「檜佐木さぁん、飲みましょうよぅ」

拳西との間を割る様に修兵の目の前へ膝をついたイヅルを見て、九番隊士達の空気がピシリと固まった。


((((も、猛者…!))))


「うわ酒クサッ!お前飲み過ぎなんだよ!」

「ゔぅ〜ん…」

鼻を掠めた強烈な酒の匂いに眉をしかめる修兵に構わず、イヅルは持っていた杯を手渡そうとしてずるりとバランスを崩した。
そのまま、凭れる様にして修兵へ全体重を預けしなだれ掛かる。

「おい!重いって!退け吉良!この酔っぱらい!」

「嫌ですぅ〜」

言いながらぐりぐりと修兵の胸元へ額を擦り付けて甘え出した。

「あっ!コラ!離れろって…!」

途端、青筋を浮かべながらも今の今まで事の成り行きを見守っていた拳西がイヅルを引き剥がそうとその肩をがしりと掴んだ。

「オイ、離れねぇか吉良」

それを聞いたイヅルの顔がむくりと上がり、拳西の方へずずいとその身を乗り出す。

「六車隊長!いくら先輩が美人で気が利くからって独り占めは狡いんじゃないですかぁ!?」

ぎょっと拳西の目が見開かれる。

「おい吉良、拳・・・六車隊長になんて事言いやがる!もうお前あっち行け!しっし!」

「えぇ〜だって酷いですよー…」

一向に動く気配を見せぬまましがみついてくるイヅルに業を煮やした修兵は、渾身の力でそれを引き剥がし、両足を掴んで畳をずるずると引き摺りながら再び恋次達の元へ捨て置きに席を立った。
一方、そんな修兵を視線で追いながら拳西は苛立ち紛れに舌打ちをしながら手元の酒をぐいと煽る。

(あいつもか…盲点だったな…)

恋次や阿近などの様に修兵へ対して明から様なアピールをして来る様な輩は即座に防ぎようがあるものの、イヅルの様に日頃全く素振りの一つも見せない輩は性質が悪い。
それに加えて当の本人に全くもって危機感が無い事にも毎度頭を抱えさせられているのだ。
拳西にとっての要注意人物がまた一人増えた事態に、眉間の皺も更に一本ピキリと追加された。






むっすりと、拳西の顔は最早憮然を通り越していっそ凶悪にすらなりつつある。
常ならば拳西のそう言った表情や機嫌の変化を、どれ程些細であろうが誰より敏感に感じ取る修兵は、なかなかに回ってしまった酔いのせいで今はその感覚が幾分か鈍ってしまっているらしい。
先程から恨みがましくねめつける様な視線を受けながらも、一向に察する気配を見せない。

イヅルを引き摺って捨てに向かった先、易々と阿散井に捕まってぐいぐいと酒を勧められている。
程良く酔いも回ったであろう所で、すかさず阿近が割り込んで来た。
二人に散々構われた(もといセクハラをされた)挙げ句、いつの間にやら隊長格の面々から引く手数多のお酌係りだ。
自分の隣へ座していた時間など、ほんの半刻程も無かったのではないか。

「おう拳西、そない凶悪な面されとったら酒が不味うなるやろ」

「うるせぇな」

ひよ里との壮絶な飲み比べに勝利した平子が、ふらりと拳西の元へ顔を出すなり突っかかる。
拳西が睨み付けている視線の先を追って、にやりと両の口角を吊り上げた。

「なんや修兵ようモテとるやないか。そんな所で腐っとらんとさっさと強奪してピーをピーにしてピーしたったらえぇねん、でないと今にピーされイタァッ!!」

「お前なぁ!」」

公衆の集まる座敷で平然と無粋な猥談を始める平子へ拳骨をかます。
だが確かに、極端ではあるが平子の言う事も一理無い事もないのではないか。
ここらが堪忍袋の限界と思った拳西は再度大きな舌打ちをして立ち上がり、修兵の元へずんずんと歩いていく。

巡り巡って今度は射場の元で杯を空けている修兵の腕を、後ろからぐいと掴んだ。
何事かと呆気に取られているその耳元へほんの一言だけ告げてあっさり腕を放すと、拳西は騒ぎを抜けてそのまま宴会場を後にしてしまった。






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