「あかんわ理解出来ひん、そらないやろ、目ぇ覚ましや!」


今日の昼時、ひよ里から散々に否定をされた会話の端々を、修兵はすっかりと整えた床の上で首を傾げながら思い返していた。

平子やひよ里、ローズらに囲まれて昼食を摂っていた時の事だ。

「拳西のどこがえぇねん」

唐突な平子の問いに便乗した面々が、興味津々と言った風で矢継ぎ早に似た様な類の質問を投げ掛けてくる。
今になり改めてそんな質問をされる事など予想もしていなかった修兵は、その羞恥に初めこそ逃げ切ろうとしていたものの、この面子に食い下がられては受け流す術も無く、途切れぬ質問へぽつぽつと思いつくままに答えを返していた。
その内で修兵が零した一言に対して、ひよ里からの非難が嵐の様に浴びせられたのだ。


(“可愛い”って、まずかったのかなぁ…)


彼らに波紋を呼んだのは、修兵の拳西へ対するその一言だ。
確かに、年上の男性であると同時に護廷の一隊長へ対して“可愛い”などと言う表現はとても失礼であると同時に、余りにも不釣り合いな言葉かも知れない。
そんな事は重々分かりきってはいるのだが。

(でもなぁ・・・)

どうしても、そう思えてしまっているのだから仕方が無い。

例えばどんな所が、と聞かれれば、寝起きは通常の三割増しの緩さでもって甘えて来てくれる時があるし、それに存外嫉妬深く、虫の居所が悪ければ一撫でした猫にだって嫉妬している、こちらから不意打ちでキスを仕掛けた時に見せる照れ隠しの表情だとか、その他諸々だ。
とにかく修兵にとって拳西とは、全幅の信頼と途方も無い憧れを抱きながら、生涯離れる事無く添い遂げたいと思える唯一無二の愛しい存在であり、それと同時に“可愛い人”なのだ。

そんな事を思いながら、膝の上へ感じる温もりをゆっくりと撫でる。

湯浴みを済ませもう休もうかと言う床の上、修兵はその柔らかな膝の上へ拳西の頭を乗せてやりながら問題である当人の観察に勤しんでいた。

思えば、こうしてまじまじと拳西を観察する機会など余り無かったかも知れない。
今の様なゆったりとした時間を共に過ごす事自体珍しい事では無いにしろ、それは殆ど修兵が拳西の腕の中へ収まっている時なのだ。
そうしていつの間にか絆されるままに熱に浮かされて体を繋げてしまえば、いつの間にやらゆっくりと拳西へ触れる余裕も無くなってしまう。
だけれど、今日は修兵の粘り勝ちだった。
拳西の腕をするりとすり抜け、不満そうなその顔を宥めながらどうにかこの“膝枕”を勝ち取ったのだ。
勿論修兵とて拳西に求められる事は嬉しいと思うのだが、今晩はどうしてもこうして拳西に触れてみたくなったのだ。

(髪、柔らかいな)

湯上がりでいつもよりぺたりと下りた銀髪の間へ指を差し込みながら、ゆっくりと梳いてやる。
しっとりと馴染む感触が心地良い。
拳西も拳西で満更でもないのだろう、すっかりと身を預けきって修兵の好きなようにさせていた。
緩やかな眠気を逃がす様に欠伸を噛み殺しながら、膝の上でぐっと伸びをする。
猫かなにかの様な仕草をする拳西を見て、

(ていうか、熊…?)

ふと脳裏を過ぎった想像に、修兵はふっと吹き出した。
耳元へ感じた吐息に肩を竦めながら、拳西はごろりと向きを変え、仰向けの体勢で自分を見下ろしているその顔へ手を伸ばす。

「オイ、なに笑ってやがんだ」

「なんでも・・・」

言いながら、なかなか収まる気配の無い笑いを誤魔化す様に修兵は伸ばされた拳西の手を取り、その指先へちゅっと口付けた。

「なんだ、甘やかしてぇのか甘えてぇのかどっちだか分かんねぇな」

「…どっちも、です」

「ほう…何ニヤニヤしてやがんだ」

「え…あの、今日ひよ里さん達に…」

話すか否か少々迷いはしたが、自分の言った言葉は全く間違っていないのだと言う確信の元で修兵は昼間の出来事を簡潔に拳西へ告げた。
彼らとそんな会話を交わしている内に、なんだか無性に、こうして拳西に触りたくなったのだと。
途端、それを聞いた拳西の耳が赤く染まり、呆れた様な仕草で持って片手で顔を覆ってしまう。

(あ、照れた…?)

(ほら、やっぱり可愛いじゃないか)

「おっ前、それ本当に平子達に言ったのか!?」

「あ、はい、言いました…けど…駄目でしたか?」

「明日からあいつらのいいネタじゃねぇか…俺のどこ見りゃそんな言葉が出て来んだよ」

「い、いひゃい…っ」

どうにか平静を取り戻した拳西は、修兵の頬をぶにっと横へ引っ張った。

「可愛いのはお前だろうが」

「!!だって、そう思ったんです」

臆面も無く修兵がそう告げれば、拳西の口から盛大な溜息が漏れた。

「俺にそんな奇特な事言うのはお前ぐらいなもんだ」

「怒りました…?」

「怒っちゃいねぇよ、寧ろ…」

むくりと上体を起こしてしまった拳西を少々残念そうな面持ちで眺めていたのも束の間、ふわりと、流れる様な所作で視界を反転させられてしまった。

「ちょ、拳西さん…!?」

あっと言う間に逆転してしまった体勢に狼狽える。
口角をニヤリと吊り上げた拳西が、しっかりと修兵を組み敷いて見下ろしていた。

「触りてぇんだろ?俺に」

敷布へ横たえられた拍子に乱れた浴衣の裾から侵入する拳西の掌が、修兵の滑らかな脚をついと撫でる。

「あっ、待っ、そうじゃなくって…っ」

「思う存分、好きにさせてやる」

耳元へ唇を寄せて自慢の低音を流し込めば、ビクリと身を震わせ潤んで赤く染まった目元で睨み上げて来る。

「だから言ってんじゃねぇか、可愛いのはお前だ…修兵」

「ず、狡い…!」

「それに、俺が可愛いだのなんだのなんざ、お前だけが知ってりゃいいんだ」

「それは…そうですけど…」

「だったら、甘やかしてくれんだろ?とことんな…」

「っ!!」

拳西はなんとも楽し気な表情を浮かべつつ、手に取った修兵の掌を自分の頬へ押し当てながら啄む様に口付けた。
文字通り“甘やかせ”とでも言う様な仕草をしてみせる拳西を、修兵はすっかりと熱の移されてしまった頭を働かせながらぼんやりと眺める。
平子達がこんな拳西を見た日には、昼間の騒ぎどころではないのかも知れない。

(狡いけど…やっぱり、可愛い人だと思うんだけどなぁ…)




−終−



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