ずるりと、畳に後ろ手を着こうとしてしくじる。
思う様に力の入らなくなった体は、体勢を整える術も無くそのまま床に背を付けて沈んだ。
仰向けのままなんと無しに視線を投げた先で、すっかり空になってしまった一升瓶が一本ごろりと転がり、その横にこれまた空の六合瓶が一本、そのすぐ横に、胡座をかいた所為で皺になってしまった阿散井の着流しが見える。

同じだけの酒量を摂取している筈なのに、いつだって自分だけが泥の様に酔い潰れていて、阿散井は顔色一つ変えず猪口を傾け続けているのだ。
もとよりザルのこいつにペースを合わせている時点で先など見えているのだが、それももう見慣れた光景だった。

ぼんやりと二重三重にブレる視界の中で、正体を確かめる様に目の前にある阿散井の着物をぐいと掴んだ。

「あばらいー・・・」

己の口から出たそれは、随分と甘えた響きを含んでいて辟易した。
手酌で猪口を煽りながら伸ばされた手に、髪を緩く梳かれる。
こちらへ向けられない視線に焦れて、もう一度強請る様にぐいぐいと着物の裾を引っ張った。

「なんっスか」

頭上でふっと笑う気配がして、脇の下に差し入れられた両手に体を引き上げられる。
そのまま男の硬い膝に頭を乗せられて、真上から顔を覗き込まれた。

「なに可愛いことしてんスか」

「…こっち見ろよ」

湯上がりで緩く束ねられただけの赤い髪が降りて、熱を持った頬を掠める感触がくすぐったい。

「見てますよ、いつだって」

「嘘吐け…」

阿散井の骨張った大きな手に頬を包まれる。
剣を握る男特有の無骨な掌がそのまま首筋にまで降りて、鎖骨の窪みを滑り着物の袷から差し入れられた。
胸元を這う手は平常を保っているその顔とは裏腹に随分と熱い。
ぞくりと震えた背中を誤魔化す様に、腕を伸ばして阿散井の首へと巻き付ける。
引き寄せるまでも無く降りて来た唇は自分のそれと重なって、いとも容易く侵入を果たした舌に咥内を奔放になぞられた。
自分よりも高い体温と、剣胼胝だらけの厚い掌と、慈しむ様に優しくたっぷりと与えられる口付けは間違いなく阿散井のものだ。
互いにとってそれは酷く手放し難く、同時にささやかな背徳心と罪悪感を生んでいる。
阿散井との間には、阿近さんとの間に派生しているある種偏愛的な狂気は存在しない。
あるのは生温い暖かさや、慈悲や、そんなものだろうが、逆を言えば阿近さんとの間にある様な執着も存在しない様に思う。
いつだって阿近さんが俺の中に、己でも図り兼ねるこの意識のずっと深底に巣くう拳西さんの陰を見ている様に、俺も阿散井の中に、ずっと奥深い所に居続けているあの幼馴染みの陰を見ている。
同じ副官で、先輩と後輩で、だけれどもっと複雑な意図でもって続けられているこの関係にいつまでも終止符を打てないでいるのは、互いが他に成し得ない中和材の様なものになっているからなのだろうと思う。
あれとは真逆のゆったりとした空気に身を任せて、奥底から心臓を抉られる様な感情とのバランスを取る。
それは依存や過度な執着や独占欲や寂漠とした孤独感や、そういった類の。
惚れた腫れたとは無縁の場所に位置する、正しい事なのかも分からないこの信頼関係は互いにしか理解し得ないものなのだろうと思う。

酒に浸された頭でぼんやりと思考を巡らせている間にも、阿散井の掌はそこかしこを這い回り、緩やかに且つ的確に快感を与えてくる。

「気、持ち…ぃ、阿散井…っ」

「可愛い先輩は、好きっスよ」

「…馬鹿が、言ってろ…っ!」

抱え上げられて背後から自由を奪われたまま、阿散井の首に腕を回して震える背を反らせた。

「檜佐木さん…」

阿散井とのこの関係はきっとこの先も変化する事は無いのだろう。
それが良い事なのか、悪い事なのか、幸せなのか、寂しいのかは何度繰り返しても分からないけれど。

あの人の体温の低い掌を想いながら、熱を上げていく体を阿散井の暖かな広い胸板へゆったりと預けた。





−了−



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