修兵side


お酒は完璧には抜けなくて、まだどこかふわふわした感覚だった。

お店に拳西さんが現れたのは本当にびっくりしたけど、どこか夢なんじゃないかと思って、とりあえず身をゆだねた。

うつらうつらする。すごく眠たかった。

ふわ、と柔らかい場所に横たわった感覚で俺は布団に寝かされたんだとぼんやり思った。


静かに息を吸い込むと、拳西さんの匂いがした。

くしゃくしゃと髪を掻き撫ぜる感覚が気持ちよくて、俺は思わず目を閉じそうになった。



「…悪かった、修兵」

「…っ!!」


ぽつりとこぼした言葉に反応して、俺は勢いよく布団から跳ね起きた。

拳西さんは急に俺が起きたことに驚いていたのか、目を見開いていた。

…ああ、拳西さんだ。

俺が自ら会わないようにしようと思ってはいた、一番会いたくないと思っていた反面、すごくすごく逢いたかった人。


「悪かった。…お前を泣かせて、しんどい思いさせて、本当にすまないと思ってる」

「違います、拳西さんのせいじゃないです。俺が、勝手にぐるぐる考えていただけですから」


そうだ、拳西さんは悪くない。

俺がもっと気を強く持ってればあの女の人の言葉に惑わされることもなかったし、もっと堂々としていられたはずなんだ。

拳西さんのあの言葉だって、俺のことを本当に心配していたから出た言葉なんだってことは落ち着いた今になって気がついた。

拳西さんは悪くない。

全部全部……俺が弱いから。


「修兵。何を考えていた?」

「それ、は…」


言ってもいいのだろうか、としばし躊躇する。

自分でもすごく女々しいことだと思うし、拳西さんに言うことで呆れられたりしたらどうしよう…と戸惑う。


「あの、拳西さ…」

「修兵」


名前を呼ばれた瞬間、俺は拳西さんにぎゅうと強く頭を抱き込まれた。


「全部吐け。お前が思ったこと、考えたこと、洗いざらい吐け」


そう言って拳西さんは、俺の頭を抱えたまま囁いた。

俺はちょっと戸惑って、でも拳西さんの声に逆らえなかった。

ぽつりぽつりと胸の中に溜め込んでいたものを少しずつ吐きだす。


「俺と一緒だと、拳西さんは結婚できなくて家庭も持てなくて」

「お前と一緒に住んでる時点で夫婦みたいなもんだろ」

「子供も、出来なくて」

「ガキは好きじゃねぇ。お前が居ればいい」

「…幸せに、なれなくて」

「修兵」


短く、力強く名前を呼ばれて、俺は拳西さんを見上げる。

ああ、俺の好きな人の目だな、なんてぼんやり思ってたら拳西さんの唇が俺の口を塞いだ。

舌を絡めたりとかするやつじゃなくて、ただ重ね合うだけの口づけ。

しばらくして唇同士が離れると、拳西さんは俺を真っ直ぐ見た。


「幸せって言ってるけどな、お前が居ないとそれが成り立たねぇってこと、分かるか?」

「俺…?」

「…俺はな。お前が、俺の傍で、笑ってくれてたら何もいらねぇ」


そう言った拳西さんは滅茶苦茶格好良くて、でもちょっとだけ耳が赤くて、それがとても愛おしかった。


「ほんと…?」

「嘘言ってどうするんだ」

「ほんとにほんと?」

「…ああ、本当だ」


子供のように、何度も何度も繰り返し尋ねる言葉に、拳西さんはひとつひとつ優しく相槌を打った。

…よかった。

…うれしい。

…この人が、どうしようもなく大好きだ。

俺の頭はそんな言葉達で、胸はこみあげてきた何かとても温かいもので、おそらく顔は笑みでいっぱいになる。

拳西さんはすごく愛おしそうに俺の頬を撫でながら、あの女だが、と小さく呟いた。


「もう俺にもお前にも手ぇ出さねぇようにしたから、安心していい」

「…勿体ないんじゃないですか、綺麗な人だったのに」

「お前の方が綺麗だし、可愛い。つーかどんな女であれ男であれ、お前以外の奴に魅力感じねぇよ」


そんな、きっぱり言われると、恥ずかしいんですけど。

でも、嬉しさがこみあげて来て、でも恥ずかしくて下を向いて小さく返した。


「……あ、ありがとう…ございます……」


自分でも、蚊の鳴くような小さい声だと思った。

俺の声を聞いたからか、真っ赤になった顔を見たのか、いや両方だと思うんだけど、拳西さんが小さく笑った。

俺をゆっくり敷き布団の上に横たわらせて、俺の頭を優しく撫でながら、やっぱり優しい声で俺に囁く。


「眠れ。明日から、また働いてもらうんだからな」

「はい。…おやすみなさい」

「よく休め。…おやすみ」


瞼が重たくなって、頭を撫でられる感覚は気持ちよくて、拳西さんは近くに居るって安心して。

俺の視界はだんだん閉じていった。

けんせぇさん、手は握ってて、って。

声に出来たかどうか分からなかったけど、俺の右手がぎゅっと握られて温かさが伝わってきたから。

俺は思わず笑顔になって、ありがとうと言うか否かという所で記憶が止まってしまった。







眠ったら、ちょっと早起きして朝御飯の支度と弁当の支度をしよう。


それで後から拳西さんが眠そうな顔して、起きてきて…あ、逆もあり得るかも。俺が寝坊して拳西さんが朝御飯作ってたり。

それで一緒に朝御飯食べて、一緒に隊舎に行って、仕事して、俺の作った弁当を二人で食べて。

それで、一緒に帰るんだったら、俺が掃除して、拳西さんが風呂の用意をして、一緒に夕飯の用意をして。

二人揃って残業だったら、休みを入れつつ…たまに内緒でぎゅってしたり、キスしたりして遅くまで作業して。

俺が先に帰ったら、風呂の用意して夕飯の用意をして、掃除も済ませちゃって、拳西さんの帰りを待って。

拳西さんが先に帰るんだったら、夕飯も風呂も用意してて掃除も終わして、俺の帰りをさりげない風を装って待っててくれて。

俺がおかえりなさいって言って迎えたり、ただいまって言って帰って来て。

拳西さんがおかえりって優しい笑顔で迎えてくれたり、ただいまって疲れた様子で帰って来て。

他愛もない話を一つ二つしながら一緒に夕食を食べて、風呂入って、愛し合って、疲れて一緒に寝て。




そんなのが、ずっとずっと続けばいいな。




それが、俺の幸せなんだと思う。




end.




管理人よりお礼

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