乱菊side



修兵って子は無茶なお酒の飲み方をしない。


何て言うか自分の限度ってものを知っているから、ある程度の所で止めたり飲みすぎたらちょっと休んで、またちょっと飲むとかそんな飲み方をする。

だから、修兵がベロベロになるまで酔ったところを見るのは、これまでの付き合いの中で片手で数えられるぐらいしかない。

そう、滅多にないのだ。

今日が、その滅多にない日だったりする。


「修兵、あんた飲みすぎじゃない?」


そう声をかけても、修兵はうんともすんとも返さずにただお酒の入った徳利から手を離さないまま、机に突っ伏してる。

眠ってはいないようだけど…さっきからどんなに声をかけても、揺すっても、起きやしない。

まさか急性アルコール中毒、と焦ったりもしたけど、耳を寄せるとかすかに息をするのが聞こえから、多分大丈夫だとは思うけど…

阿散井と吉良、無理やり引っ張ってきた阿近と顔を見合わせて、ただただどうすることも出来ずに、チビチビとお酒を口にした。

いつもの修兵らしくないお酒の飲み方だった。

それってつまり、よっぽど忘れたいことがあったってことになる…わよね。

そうなると、脳裏をよぎるのはいつか甘味処で修兵と話している時のこと。

やっぱり、というか、絶対、あのことが原因よね…?


六車隊長がお見合いしたらしい、っていう話はどこぞの噂好きな女性隊士が話していたのを聞いて知った。

六車隊長のことだから、修兵には言ってるもんだと思って、それで修兵に訊いてしまった。

今思えば、私が悪いのかもしれない。

六車隊長がお見合いの件を断ったって知ってからは、いつもの修兵に戻ったけど、しばらくしたら異変が生じてきた。

痣や傷を作ってくるようになった。

あまり休んでいるところを目にしなくなった。

無理して仕事をしているんだということに気がついたけど、何を言っても修兵は何かしていた。

隊舎から半ば追い出されるように休みを取らされたら、離れた山奥でひたすら剣を振っていた。

書庫に籠って、私じゃよくわからない本を貪り読んでいたこともあった。

それから、無理して貼り付けた笑顔で、笑うようになった。


「らんぎくさん…」


驚くほどか細くて、小さくて、儚い声にギクリとする。

どうしたの、と尋ねれば修兵は顔を上げないままぽつりと言葉を漏らした。


「おれ……ひつようないんだって」


…恋次達と顔を見合わせる。

多分だけど、修兵が言ってるのは先日の総合詰所での六車隊長との言い合いで六車隊長が言い放ったこと…よね。


「おれだとね、けんせぇさんのこと、しあわせにできないんだって」


もう口調が幼くて可愛くなってることは気にならない。いや可愛いことは可愛いんだけど。

とにかく頭がちょっと混乱しだす。あの六車隊長が?そんなことを言う?修兵に?

いやそれはないわ。絶対あり得ない。

私はそんな面識ないけど、それでもあの人が修兵をどれだけ可愛がってるかなんて、分かる。

可愛がってる…否、愛してる、愛し合ってるのかが、分かる。


「修兵、本当にあの人がそう言ったのか?」


阿近がお酒を飲む手を止めて、そう静かに訊いた。


「けんせぇさんはね、いってないの。でも、あのひとがいっててね、そうなのかなーっておもって…」

「あ、あのひとって?」


恋次も吉良もハテナマークを浮かべ、私にこそりと訊いてきた。

私は伝令神機を取り出すと、メール作成を選択して、「六車隊長のお見合い相手」とパパッと打って二人に渡した。

二人は納得したような、なんとも言えない表情を浮かべてそれを返してきた。


「あの品の欠片もない女の言うことなんか気にする必要ねぇんだぞ」

「でも、けんせぇさんがしあわせになれないのは、ほんとでしょ」

「ねぇ、修兵。幸せって何よ?」

「…きれーな人と結婚して、家庭を持って、子供を産んで、育てて、一緒に生きていくことが、普通な幸せなんだって」


酔いが冷めてきたんだろう、修兵の声は少しずついつもの調子に戻っていた。

ああ、まあ、確かにそれは、幸せでしょうね。


「それって、誰の幸せ?あんたはそれが幸せだと思うの?」

「…普通に考えたら、やっぱりそうなんじゃないですか」

「先輩、普通とかそんなのどうでもいいんです。先輩はどう思うんですか?」


耐えきれなくなったのか、吉良がそう修兵に訊いた。

修兵は、ゆっくりと顔を上げると迷いのない目で私たちを見て、はっきりと言った。


「拳西さんが幸せなら、俺はそれでいい」


まっすぐな言葉と目に、私たちは一瞬言葉を失った。

…修兵、

あんたって……本当に……


「馬鹿か」

「え…」

「あの人の幸せをお前が決めんじゃねーよ。大体それ、幸せか?ちっとも魅力感じねーぞ」


それは、あんたが実験(あと修兵)馬鹿だからなんじゃ…と思ったことは口にはしなかった。

そう、この子ったら一番大事なこと忘れてるのよね。


「しゅーへい。あんたさ、それって一番大事なの抜けてるじゃない」

「いちばん…だいじ?」


子供に言い聞かせるように、視線を合わせてゆっくり諭すように話してあげる。


「確かに男でも女でも、綺麗な人と結婚して子供産んで…ってなったら幸せでしょうね」


「はい…」

「でも、それってお互い好き合ってなきゃ意味ないでしょう?」


そう、そうなのよね。

どんなに綺麗な人と結婚できたって、その人のことを愛していなかったら結婚の意味がないでしょう?

子供が生まれたって、感動が無いでしょう?

一緒に生きていたって、楽しくもなんともないでしょう?

どうしてこの子は、そんな単純なことすら分からないのかしら…と思ったけど、それぐらいこの子は切羽詰まってたのよね。

それぐらい、ぐるぐる考え込んでいたのよね。

修兵はくしゃっと顔を歪めて、今にも泣きそうな表情をした。


「俺…拳西さんと一緒に居ていいのかな」


何言ってんの、そんなの


「いいに、決まってんだろ」


え、あ。


いつのまにか開けられていた個室の障子。

そこには、六車隊長が居た。

修兵はもちろん、私も驚いた。

阿近は瞬時に状況を理解したのか、小さく笑ってた。

ちら、と恋次と吉良の方を見ると、伝令神機を振っていたのが見えたから、どっちかが連絡したんだろう。

まったく、よくできた後輩だこと。



「けん…せぇ…さん?」

「飲み過ぎだ。……帰るぞ」

「……はい」


六車隊長は私たちの方を見ると、懐から財布を取り出し、何枚かお札を出して、阿近に渡した。


「世話掛けた、すまん」

「…いいえ、ご馳走さまです」

「お前らも、悪かったな」


いつもの六車隊長には見られない、申し訳なさそうな、表情。

私たちは慌てて手を振り、返す。


「いえ、いいんです。気にしないでください」

「早く家に戻って、仲直りしてあげてください」

「修兵っ、素直になんなさいよ?」


修兵は、まだ完全にお酒が抜けきっていないようでほんのり赤みを帯びた頬でふわふわとした笑みを返した。

僅かに開いた口が、声のない言葉を紡いだのが見えた。

ありがとう、と確かに言っていた。

私たちは修兵に手を振って、何も言わずに見送る。

六車隊長は修兵を軽々といわゆるお姫様抱っこをして、瞬歩でその場を後にした。


…やれやれ。


「…飲みましょか。修兵と六車隊長仲直り祈願てか仲直り記念?ってことで」

「……だな」


そんなわけで残った四人で恋次と吉良が吐くまで飲み続けた。




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