「なあ…まだ痛ぇ?」

いつになく弱気な声を出して見上げてくる修兵に鼻の下を伸ばしかけながら、じんじんとしている右頬の痛みを思い出して恋次はなんとも複雑だった。

「いやまぁ…、痛いッス」

「だよなぁ…」

昨夜は修兵の部屋へ泊まり込んだ為、今朝は二人並んで出勤中だ。
連れ立って歩きながら時折恋次の横顔へと目をやる修兵の隣で、右頬に大きな湿布を貼り付けた恋次が苦笑いを浮かべている。


常ならば一人で寝ていようが恋次と床を共にしていようが、寝入った体勢のままあまり寝返りも打たずに大人しく朝を迎えるのだが、昨夜はどういう訳か修兵の寝相がすこぶる悪かったのだ。
余程夢見でも悪かったのか、幾度か落ち着き無くもぞもぞと動いていた修兵が盛大に寝返りを打った拍子、振りかぶったその右の肘が、ちょうど修兵を背後から抱き込むようにして寝ていた恋次の鼻っ柱から右頬にかけて猛烈にヒットした。
それはもう悪意すら感じる程の、抉り込むような肘鉄で。
炸裂したそれに恋次が飛び起きたのと、恋次の潰れたような悲鳴に驚いて修兵が目を覚ましたのは同時だった。
起き抜けに修兵が見たものは、たらたらと鼻血を流して唸りながらうずくまる恋次の姿だ。


「大丈夫か?」

「まぁ、ハハッ」

「うー…悪ぃ」

あれからなんとか鼻血を止めさせて腫れた頬に湿布を貼ってやり、今に至る。
こんな時に限って、今日は朝から副官が召集されての会議が予定されているのだ。
それを思うと一層恋次へ対する申し訳なさが募る。

「愛の痛さだと思えば全然、うん、先輩の愛が痛い」

「馬鹿じゃねぇの」

「酷っ!これやったの誰っスか!」

「あーあー俺です悪うございましたー!」

「うわ逆ギレしたよこの人!もっと心配しろ!労れ!介抱しろ!」

廊下のど真ん中で両腕を広げ出す恋次を、先のしおらしさとは打って変わって修兵は鬱陶しそうにじっとりと見上げた。

「………」

「なに嫌そうな顔してんスか、さすがに今朝の顔面エルボーは効いたんスけど…」

「だっから悪かったって言ってんじゃねぇか、たまたまだたまたま。寝てる時のことなんか分かんねぇじゃんよ!」

「だったら…」

突如、広げていた両腕をガバリと巻き付けて恋次が修兵に抱き付いた。

「こうやって先輩が身動き取れないくらい俺が巻き付いて寝ればいいんじゃねぇー!?」

「ギャーッ!!どこだと思ってんだ阿散井!!放せこの馬鹿力!!馬鹿犬!!」

「名案じゃないっすか、俺頭いーな」

「よかねーよ!馬鹿丸出しなんだよ!放せ!!」





「おう阿散井、よおけ男前が上がっとるやんけ」





端から見ればじゃれついている様にしか見えない二人の背中越しに、ドスの効いた広島弁が声を掛けた。

「「!!」」

「い、射場さん…」

「朝っぱらから何しょんじゃおどれら、早ようそこどかんかい」

ドアップで迫ってきた射場の迫力に、恋次は固まっている修兵ごと廊下の隅へササッと身を避けた。
会議室へ入って行く射場を見て、改めてここがどこだかを思い出した修兵の顔がカッと赤くなり同時に青筋が一筋ピキリと浮く。

(み、見られた…!)

緩んだ恋次の腕から左手を抜き出して渾身の一発。

「ブフォアッ!!!」

今朝より割増しの鼻血を吹き出しながら右っ面に追い打ちを食らって伸びた恋次を踏みつけて、修兵は肩を怒らせながらさっさと会議室へ入って行った。




終わる



ひ、広島弁難しい・・・。
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