「修ちゃん弱ーい!」
「ほんまや、5回連続で負ける奴なんぞそうおらへんで」
「え、あれ…?」
共有リビングで円になり各々カーペットの上へ寝そべったり座り込んだり。
修兵は何度やっても自分の手元へ戻って来るジョーカーの絵札へ恨めしそうに視線を送った。
修兵が白、平子、ひよ里の三人に捕まって数分。
先に入浴を済ませた修兵と入れ替わりで拳西が浴室へ消えたのを見届けて、
『拳西ばっかりズルイ!あたしも修ちゃんと遊びたい〜!』
そう主張した白が風呂上がりの修兵を捕まえてずるずるとリビングへ引っ張り込んで始められたのは、いわゆるトランプ大会で、ババ抜きが開催されてから修兵は5回連敗をきめていた。
「そうやで、修兵はすぐ顔に出んねん」
腹ばいに寝そべる修兵の背中へ跨りその頭の上へずっしりと頬杖をついているひよ里が、後ろから手を伸ばして修兵の手からジョーカーを抜き取りひらひらと翳す。
「違いますよ!さっきからババ取る度にひよ里さんが俺の脇腹突っつくからじゃないですか!」
「あーん?ウチは知らんなぁー」
「えぇ!?」
そんなやり取りを繰り返しながら一向に勝てないそれに修兵もムキになり、再戦を申し出ての惨敗だ。
しかし何度やっても結果は同じ。
「修兵がひよ里のちょっかいなんぞに反応すんのが悪いんやでー」
「あれぇ〜もしかして修ちゃんくすぐり弱い?」
「お、なんや、ここか?こっちか?」
「っ!ちょ、ひよ里さ…!あはっ無理!無理無理っ!」
「おーうやったれーい」
自分が跨っているせいで修兵が身動きを取れないのを良いことに、ひよ里はわしわしとその脇腹やら腰やらをくすぐり始めた。
そこかしこを這い回るひよ里の指に修兵は堪らないと言った風に身を捩って悶えながら、いよいよ笑い過ぎて涙目になって来た所で、突如ぴたりとその感触が止んだと同時に背中の重みがなくなった。
「おい、お前等あんまりこいつで遊んでんじゃねぇぞ」
はぁはぁと息を乱しながら修兵が見上げた先、風呂上がりで肩にタオルをかけた拳西がひよ里の首根っこを軽々と掴んでぶら下げていた。
じたばたと足を振り上げながらひよ里が抗議をするも、拳西の腕はびくともしない。
「おいコラ!!離さんかい拳西!!」
「修兵で遊んでたんとちゃうわ、修兵と遊んでたんや」
「そうだもん!邪魔しないでよ拳西〜、しっし!」
犬猫でも追い払うかの様に手を振りながら邪険にする白にピキリと青筋を立てた拳西は、そのままひよ里をぺいと放り捨てた。
非難を続ける三人を無視して、未だ床と仲良くしている修兵の頭をわしわしと撫で回す。
「まだ全然乾かしてねぇじゃねぇか、風邪ひくぞお前」
「平気ですって、その内乾きます」
ようやく呼吸が落ち着いて来たのか、目尻に浮かぶ涙を指先で拭いながら見上げて来る修兵に、拳西の動きがぴたりと停止した。
散々にくすぐられて朱の昇った頬、潤み切った目、水分を含んでいる髪が柔らかく項に貼り付き、ひよ里にもみくちゃにされたスウェットが捲れ上がり腰から背中にかけて白い素肌が覗いている。
(………)
「…駄目だ、乾かしてやるから部屋行くぞ!」
「え、わ、」
ぐいと修兵の腕を取って起き上がらせた拳西は、そのまま手を引いてさっさと自室へ引き返した。
「あんの過保護」
「…それだけやないでひよ里、あいつ今絶対ムラっときとんで、ムラムラしとんで」
「拳西のムッツリー!!つまんなーい!」
* * * * *
連れ戻した修兵をベッドの下へ座らせると、拳西はそこへ浅く腰を下ろし肩に掛けていたタオルで眼下にある頭をガシガシと拭き始めた。
「子供じゃないんだから、自分で出来ますって」
「放っといたらお前絶対そのまんまにすんだろ、風邪ひいてからじゃ遅ぇんだよ。それに明日すげぇ寝癖になんぞ」
「…拳西さんて過保護ですよね、全然変わんない」
「お前限定だ」
修兵は気恥ずかしそうに俯きながらも、大人しく頭を預けている。
かつて拳西の庇護の下にいた時と変わらない、無骨な手に髪を触られながらその心地良さと懐かしさに修兵は目を細めた。
数分後。
修兵の柔らかな髪質の手触りを楽しみながら、拳西はドライヤーまで駆使してすっかり元通りに乾かし切った。
「終わったぞ」
「ありがとうございます、なんか自分でやるより丁寧…」
関心した様にそう言いながら、修兵はサラサラとまた指を通すようになった自分の髪を触る。
なる程これならば明日の朝も困る事はなさそうだ。
どこか嬉し気に髪に触れている修兵を見下ろしていた拳西は、ふと小さな衝動を覚えてその首筋へスッと人差し指を滑らせた。
途端、声もなくピーンと背筋を反らして固まる。
修兵の反応を面白がった拳西は、そのまま背骨に添う様に指先を下へ滑らせた。
「ひっ!!」
短い悲鳴を上げながら、背筋に走る刺激を避けようと身を捩る様が妙に艶めかしい。
「拳西さん!」
悪戯に抗議の声を上げて振り返ろうとした修兵を、後ろから捕まえてぐいと引き上げた。
そのままベッドへとその背を押し付けて覆い被さってしまう。
サラリとシーツの上に散る黒髪を掬いながら。
「悪ぃな修兵、結局また乱しちまうけど、いいか?」
「!」
耳元で響く低音と、完全にスイッチの入った拳西の目に射竦められて、修兵はするりと全身の力が抜け落ちて行くのを感じていた。
* * * * *
「…なぁ真子、拳西の部屋防音にせぇや」
「なんで俺やねん、お前がやりぃや」
「いちいち結界張っとったら間に合わんやろ!あのバカップル!」
「何言うてんねん、勿体無い」
耳を澄ませば辛うじて聞こえるか聞こえないかの睦言に、呆れた顔を見合わせる二人の間からリサがニョッキリと顔を出した。
「「そんなん思っとるのお前だけや!」」
「うちだけやないで」
リサが得意気に指差したその先には、拳西の部屋の扉へ紙コップを宛がってぴったりと耳を貼り付けている羅武の姿があった。
「あいつアホや…」
「完全にアホや…」
END
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