座卓の前へどっかりと胡坐になり、片肘を着きながら蟀谷の辺りを指先でトンと叩く。
拳西が帰宅して暫し、そろそろ修兵も戻る頃だろうと踏んで玄関からすぐの居間でこうして待ち伏せていた。
さてどんな顔をして戻ってくるだろうかと、ありとあらゆる情けない表情を想像しては、面白くてうっかり緩んでしまいそうになる口元をぐっと引き締める。
怒らずとも常から凶悪と言われているこの人相だ、唇を真一文字に引き結んで口角を下げ微かに眉根を寄せただけでもそれなりに見えるだろう。
そんな取り留めのないことを思いながら”出迎える為の顔”を作り終えたのとほぼ同時、そろりと、居間の襖がほんの僅かだけ開かれて修兵が半身ほど姿を見せた。

「!!」

まさかここで待ち構えられているとは思っていなかったのだろう、拳西の姿を目に止めた途端びくりと固まってしまった。
無言でこちらを冷たく見据えている拳西の表情は明らかに”怒っている”時のそれで、修兵は思い切り眉尻を下げてしゅんと肩を落とすと、すすすと、ゆっくり襖を開きながら躊躇いがちに居間へ足を踏み入れる。

「あの…」

後ろ手で襖を閉めながらどうにか声を絞り出すも、掠れた歯切れの悪いものになってしまってますますバツが悪くなってしまう。
言いたいことは山ほどあるのだろうが、こちらの無言の圧力に気圧されてどうにも切り出せないのだろう、すっかり小さくなってしまっている修兵の縮こまりように吹き出してしまいそうになって寸での所でどうにか堪えた。
あまりに予想通りの表情をされてしまったのが可笑しくて、しっかり叱りつけてやろうかと決めていた気持ちが揺らぎそうになる。

「修兵」

「はい…っ」

「分かるな?」

「…はい」

たった一言、それだけで拳西の言わんとしていることを理解したらしい。
神妙な顔つきでどうしようかと考えあぐねて突っ立ったままでいる修兵を、己の隣をトントンと指差しながら横へ座るように促した。
それへ僅かだけきゅっと唇を引き結ぶと、ゆっくりと座卓を回りながら拳西の元へ近付いてくる。
抱えていた書類を卓の上へ丁寧に置いて殊勝にもこちらを向いて正座をしている様が、完全にお説教を待機する時のそれで、思わずふっと小さく息を吐いて向き合った。

(…しょうがねぇな)

小さくなって視線を下げたまま膝の上で所在なさげに揃えられている手を取り、こちらへぐいっと引き寄せる。
驚いて短く声を上げる修兵を、勢いに任せて胡坐の上へ乗せるように抱き上げた。
そのままぽんと背中を叩いてやれば、自然拳西の膝へ乗り上げて跨ぐように座らされてしまった修兵の両腕が躊躇いがちに回される。

「二日も大人しくしてられないのか、お前は」

「…ごめんなさい」

わざと責めるような口調をしてみせれば、拳西の肩口に額を埋めている修兵の口からぼそりと謝罪の言葉が漏れた。
明らかな反省の色が窺える様子に、拳西はまた心の内だけでしょうがないと呟いて呆れたように苦く笑う。

「もう平気なのか?」

そう言って、コブが出来ている所を労わるようにそっと撫でた。
先とは一変、軟化した拳西の態度に幾分肩の強張りを解いてゆっくりと顔を上げて見せると、今度はしっかりと視線を合わせたままはっきりと頷く。
恐らく、修兵の言う通りもう心配するようなことも無いのだとは思う。
元よりそれ程大袈裟にするようなものでなかったのだろうが、この生粋のワーカーホリックにきちんとした名目をつけて休養を摂らせるのには丁度良かろうと、卯ノ花との意見も合致して出された診断だったのだ。
頭を打ち付けたことは事実だが、その後の様子を見ていれば大事ないことは拳西にも分かっていた。
だから、当然本人の自覚も薄いせいでこういった事態の予想も出来てはいたのだが。

「ったく、言うほど怒っちゃいねぇよ」

「…でも、ごめんなさい」

何も異常がなかったとは言え、拳西と卯ノ花の言い付けを破ってしまったことを余程申し訳なく思っているようで、反省してすっかり萎れてしまっている。
結果的には何の問題も生じなかったのだから、当人が反省していればこの件に関してはもうそれで良しとするべきだろう。

だがしかし、

(しょうがねぇのは、俺の方かもしれねぇな…)

表向きは涼しい顔で部下を思いやる上司としての体面を保てているつもりではいるが、その一方、恋人であるという立ち位置から生じるこのもやもやとした稚拙な嫉妬心を拭い切れないのが情けない話だ。
気を失って四番隊に搬送されたと言う報告を受けた時には、純粋にその身を案じて肝を冷やしたものの、無事を確認して安堵した次に湧いて出たのがこの靄だ。
何かと日頃絡まれている四番隊の優男に診察を受けている際も、助けられた女性隊士が見舞いに来た時、酷く肩を落として謝罪をするその頭を修兵が撫でて宥めてやった時に頬を染めている隊士の表情を見た際も、阿散井とのあの状況を目にした際もそうだ。
本来ならば他隊の隊士や後輩達に慕われているのは喜ぶべきことなのだが、まるで己と離れていた百有余年と言う年月の空白を見せつけられているような気がして、じくりとした小さな燻りが生じてしまう。
そうは言っても、その間も永らく互いに想い合っていた分今更の心移りなど考えてもいないものの、我ながらここまで器の小さな男だったかと心の内で何度大きく嘆息したことか。

(俺もまだまだだな…)

悟られぬように苦く笑いながら、己に抱き着いている修兵を閉じ込めるようにして回した両腕の力を強くする。
それに気付いた修兵が、少し嬉しそうに肩口へ頬を摺り寄せてくるのが可愛かった。

「…よし!」

なんだか妙に修兵に触れたくなって構い倒したくなって、拳西は修兵を抱えたまま一つ気合を入れて勢いよく立ち上がる。

「うわっ!?」

向き合っていた体勢のまま持ち上げられて驚いた修兵が、落とされないように反射的に拳西の頭へしがみつく。
目を丸くして何事だと騒ぐ修兵をさらりと流しながら浴室へ真っ直ぐに足を向けた。
修兵に付いた外気も他の男の酒気も匂いも己の陳腐な嫉妬心も、すっきりと洗い流してしまいたい気分だ。

「風呂入るぞ」

「え、なんで!?俺もう入ったのに!」

「うるせぇ、そんな埃塗れになって来やがって、風呂で説教だ説教」

「え…うそ…!」

てっきりもう叱られ終わったと思っていた修兵の顔が再び青くなる。
ころころ変わる表情に今度こそ思わず吹き出してしまいながら、足で戸を蹴り開けた浴室の床へ修兵を下ろすと、壁際にその身を縫いつけて乱暴に細腰を引き寄せた。

「覚悟しとけよ…」

仕置きだと、そう耳元で囁いてやれば、先まで青かった頬にさっと朱が差してこちらを見上げて来る双眸がじんわりと潤みを帯びた。
躊躇いの中にほんの僅か艶やかな期待の色を見つけてしまって堪らなくなる。
修兵の指先が着物の袷の辺りを控えめにきゅっと握って来るのに煽られて、拳西は衝動に抗うことなく目の前の柔らかな唇に思い切り噛み付いた。




― END ―


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