自隊の隊士を何班か引き連れた午前の鍛錬を終え、あと僅かで昼休憩に差し掛かる時分。
修兵を伴ってそろそろ昼食でも摂ろうかと隊舎へ戻れば、何やらいそいそと盆に茶と茶菓子を乗せ給湯室から出て来た三席と衝突しそうになって踏み止まった。

「おわっ!すみません!」

「ああいや、悪ぃ、なんだ来客か?」

客人用の湯呑みが乗っているのを見てそう訊ねれば、三席がええととなんとも歯切れの悪い返答をしながら苦笑いを漏らす。

「いえその、平子隊長がいらっしゃってましてですね…」

「あ?なんであいつが?」

「まあ…ご覧頂ければお分かりになると思います…」

そう言われて促されるまま執務室の奥を見た先で、隊首室の扉の隙間から中を窺う隊士達が団子になって連なっていた。

「なんだありゃあ」

集団で覗き見をしているような異様な光景に眉根を寄せて、拳西は怪訝そうに呟きながらひとまずその先の状況を確かめるべくずかずかと奥へ進む。
それに気付いて驚いた隊士達がそそくさと道を開けるその間をずんずんと進み、ガチャッと勢いよく自室の扉を開け放った。

「はあぁぁ〜極楽や〜…」

「!?」

「おおー拳西邪魔しとるでぇー」

間延びした呑気な声を出しながら振り返る平子越しに見えた己の部屋の状況に、拳西は額に湛えていた縦皺を更に深く刻みながら眉尻をぴくりと歪ませる。

「おい…何してんだ、お前らは…」

「はっ!け…隊長っ!!」

地を這うような低音にビクッと顔を上げた修兵が慌てた声を出した。
びっくりして目を真ん丸にしているものの、恐らく突っ伏してうたた寝でもしていたのだろう、その頬には薄らと赤みが差して何かの痕までついている。
少々ぼんやりとしたその表情が可愛らしいとは思う反面、それよりも突っ込まなければならないのはこの状況だ。
事務仕事用兼仮眠用に誂えているだけの決して広くはない隊首室のど真ん中、足の踏み場を占拠するように見覚えのない大きな炬燵がドドンと設置されている。
やたらと大きい長方形の立派な炬燵だ、今朝までこんなものは無かった筈だし勿論修兵がこんなものを隊首室に置く訳もないので、持ち込んだ犯人は言われなくとも目の前のパッツン斜め前髪に違いない。
人の部屋に堂々と鎮座している防寒器具に悠々と潜ったまま、こちらへ背を向けて丸まっている平子の頭に、ゴチンッと、拳西渾身の拳骨が振り落とされた。

「イッタアァァッ!!なにすんねん禿げるやろ!!!」

「うるせぇ禿げろ、何勝手なことしてやがんだてめぇは」

青筋を立てる拳西の形相に、その光景を見ていた修兵がピンッと背筋を伸ばし”ははっ…”と力のない笑みを漏らしながらその顔を青褪めさせる。
それに反して、当の平子はなんの悪びれもなくぶつぶつと文句を言いながら鬱陶しそうにズキズキと痛みを訴える頭頂部を擦った。

「ええやんか冬と言えばこたつって決まっとんねん!!」

「だったらてめぇの部屋に置きゃあいいだろうが!!勝手にぎっちぎちに詰め込みやがって邪魔くせぇ!こんなもんわざわざ運び込みやがってお前は馬鹿か、勤務中だろ仕事しろ!!片付けて帰れ!」

怒号を飛ばしながら捲し立てる拳西の説教に、平子は両耳へ指を突っ込みながらツーンと横を向いて舌を出す。
人を小馬鹿にしたようなその態度に引き千切れる勢いで青筋を幾筋も浮き立たせている拳西の背後で、茶を運んで来た三席が”あちゃー…”と言った風に頬を引き攣らせた。

「あんな、言わして貰えば俺の部屋、オシャレやねん」

現世から持ち込んだ気に入りの蓄音機に、アンティークの皮張りのソファ、柱時計、その他諸々。
唐突に自室自慢を始めた平子に、拳西と修兵、その他隊士達の頭上に疑問符が浮かぶ。
拳西に至っては何が何だかで途中からまともに聞いていないものの、一通り自慢をし尽した平子が、ふうとわざとらしく息を整えて首をすくめた。

「せやからな、こんな所帯じみたもん、俺の部屋に合わへんねん」

だから、味もそっけもない拳西の部屋に持ち込んだのだと、さも当然のように言ってのける。
大方、修兵が居れば追い返されることも無下にされることもないだろうというあざとい甘えもあるのだろうが、そこは拳西が許す筈もなく。
とにかく、こんなものを置かれて居座られては邪魔で仕方がない上に、サボる口実を与えるわけにも行くまい。
いい加減つまみ出そうとその襟首を掴もうとした瞬間、慌ただしい足音と共にバシンッと勢いよく執務室の戸が開けられて、肩で息をしている雛森が飛び込んで来た。

「ひ、平子隊長は!!いらっしゃいますかっ!?」

珍しく眉を吊り上げて怒っている雛森に、当の三人を取り巻いていた隊士達が”あちらに…!”と一斉に奥を指し示す。
ぜえぜえと息を切らせながら走り寄り、拳西の背後から背伸びをしてひょこりと顔を覗かせた雛森が、平子の姿を見るなりああっと大きな声を上げた。

「やっと見つけた!!隊長!帰りますよ!!今度こそ逃がしませんからね!!」

「げっ!桃!」

雛森の顔を見て平子はしまったと冷や汗を流しつつも、もう昼休みだからだのちょっとくらいだの駄々を捏ねるもそれら全てを一蹴されて黙殺されてしまう。
あらゆる経験を経て一回りも二回りも強くなったであろう雛森は貫禄を増していて、その姿はさながら出来の悪い息子に手を焼く肝っ玉母ちゃんだ、恐ろしくて口には出せないが。
周囲が雛森と平子の攻防を見て呆気に取られる中、これ幸いとばかりに拳西が今度こそ平子の襟首をむんずと掴んで炬燵から引きずり出した。

「ぐえっ」

呻く平子に構わず、そのままぺいっと雛森へ放って寄越す。

「ご苦労だな、邪魔だから持ってけ」

「いえっ、ありがとうございます、失礼しました!!」

きびきびと礼を述べてずりずりと平子を引き摺り帰っていく雛森を見送れば、どっと無駄な疲れが襲って来て拳西はぐったりしながら溜息を吐き出した。

「なんだったんだ…おい、お前らも散れ散れ、昼飯食ってこい」

そう言ってひらひらと手を振れば、嵐が去ってはっと己を取り戻した隊士達がぱらぱらと昼休憩に向かっていく。
それを見届けて部屋の扉を閉め、今度はこれをどうするかと、未だ修兵が納まっている炬燵を見下ろしてがしがしと後ろ髪を掻いた。

「あぁー面倒臭ぇな…。修兵、片付けるぞ」

「えっ」

ついと言った風に漏れた声に、修兵はパシッと己の口を掌で塞ぐ。

「あ、え、いやあの…!」

歯切れ悪くどもりつつ申し訳無さそうに慌てながらも、その顔にはくっきりと『残念』の文字が浮かび上がっている。

「おい、まさかお前まで…」

「……ひ、昼休みの間だけ…あとちょっとだけ…!ダメですか…?」

じっとこちらを見上げて訴えて来る目に思わずぐっと息を詰めれば、更にその視線を強くして懇願されてしまった。
いつもながら平子の突拍子もない行動に初めの方こそ困惑して窘めていたものの、なんだかんだと絆されて一度潜り込んでしまったら、その心地良さについつい出られなくなってしまったのだと言う。
なるほど『ダメ人間製造最強防寒器具』なだけはある、日頃本の虫ならぬ仕事の虫そのものの修兵がこれではすっかり炬燵の猫だ。
昼休憩に入っているとは言えど、仕事場で見せるなんとも珍し過ぎる様相に、拳西は壁掛けの時計へチラリと視線を寄越してからもう一つ諦めの溜息を吐いた。

「仕方ねぇな、休憩終わったら片付けるぞ、邪魔で仕方ねぇ」

「やった!ありがとうございます」

現金に嬉しそうな声を上げた修兵が、さっきまで平子が潜り込んでいた方を捲り上げて拳西を手招く。

「隊長もどうですか?」

冷たい空気が入るから早く早くと急かす修兵に苦笑を漏らして、促されるままそこへ腰を下ろして両足を中へ滑り込ませた。
じんわりとした暖かさが足先から全身に沁みていくようで、拳西の口から思わずほっとした息が漏れる。

「あったけぇな」

ぼそりと呟けば、嬉しそうに笑った修兵が中でぴたりと膝頭を付けて来た。
両手まですっぽりと炬燵布団の中に潜り込ませたままぱったりと突っ伏し、片頬を卓の上へくっつけてへにゃりと眉尻を下げる。

「あったかいですよねぇー…気持ちいいー…」

ほんのりと温まっている机の表面も気持ちが良いのか、くっつけているせいでふにゃりと歪んでいる頬をつついてみれば猫のように目を細めた。

「こたつなんて久しぶりです」

「まぁな」

さっきまで浮かんでいた青筋は何処へやら、全身が温まり始めた心地良さとふにゃふにゃに脱力している修兵の緩さに中てられて、拳西の声音もすっかり穏やかだ。
なんの気も無しに修兵の顔をぼんやりと眺めていれば、柔らかく口角を上げた修兵がそれに…と言葉を続ける。

「なんか懐かしくて、色々思い出してました…」

まだまだ修兵が今よりもずっと小さく幼かった頃、拳西らと生活を共にするようになった家の居間で初めて”炬燵”がどんなものかを知ったのだ。
その頃はもっと大きくて広いものに見えて、温かくて、柔らかくて気持ちが良くて、何よりそれを囲んで大人数でお茶をする時間が大好きだった。
一度ですっかり炬燵の虜になってしまった幼い頃の自分を思い出して、懐かしいようなこそばゆいような、なんとも言えない郷愁が湧いてしまったのだと言う。
ぽつりぽつりとそんな思い出話をすれば、拳西の脳裏にも当時の記憶がやんわりと蘇り、遠くへ視線を投げながらもう随分と昔の記憶を辿り始めた。

「お前、こたつん中で寝ちまって良く俺に怒られてたじゃねぇか」

引っ張り出した記憶の中からチクリと弄ってやれば、緩んでいた修兵の顔が少し恥ずかしいような拗ねたような微妙な表情になる。

「だって、すっぽり潜り込むのが気持ち良くて、秘密基地みたいで楽しくてつい…」

気が付けば炬燵の中で丸くなって寝てしまっている修兵を、姿が見えなくなる度に探し出しては風邪をひくからと窘めていたのが懐かしい。
冬の間はすっかりそこを根城にしてしまっていた修兵にいつしか拳西も諦めてしまって、いつからか炬燵の中から引っ張り出した修兵を膝に乗せて自分もうたた寝をしてしまうのが習慣になってしまっていた。
時には、どこから連れて来たのかはたまた入り込んだのか、猫を抱えて丸くなる修兵に呆れたり、猫を挟んで寝落ちしている親子の図を平子達にからかわれたり、そんなことを思い出していたら可笑しくなってついふっと笑いが漏れてしまう。
修兵もそれを察したのか、ふふっと小さく笑いながら炬燵の中で拳西の手をきゅっと握った。
甘えた仕草に片眉をくっと吊り上げた拳西が、冗談めかした調子で己の膝をぽんぽんと叩く。

「なんなら、久々に来るか?」

「!!」

そんな拳西に、修兵は伏せていた顔をがばっと上げて固まった後、きょろきょろと辺りを見回して狼狽えるそぶりを見せた。
半分冗談混じりだった上に断られるかとも思ったが、どうやらなかなか抗い難い誘惑だったらしい。
修兵は暫しうんうんと悩んだ挙句、もぞもぞと頭まで炬燵の中へ潜り込み、狭い中で器用に体の向きを変えながら拳西の胡坐の上からひょっこりと顔を出してその膝の上に頭を乗せた。
チラリと拳西を見上げてから、納まりの良い所を探して体勢を整える。
さっきまで机にぴったりとくっつけていた方の頬が赤くなっていて、それが少し間抜けでなんだか可愛らしい。
つい触りたくなって赤らんでいる柔らかな頬をふにふにと抓っていれば、修兵の肩が震えて唐突にぶはっと吹き出した。

「なんか、俺亀みたい」

幼い頃とは違い大きく成長してしまった体は流石に全身を潜り込ませることができなくて、背中に炬燵を背負った己の姿が妙にシュールに思えてしまう。
拳西からしてみれば、亀よりも己の膝の上でじゃれて丸まる修兵はまるで家猫そのものなのだが。

「亀でもなんでもいいけどな、昼休憩そろそろ終わっちまうぞ」

「んんー…あともうちょっと…」

ゆったりとした口調でそう言いながら、この温かさと状況が余程心地良かったのか、暫く微睡んでいた修兵はそのままストンと意識を手放してしまった。
午後の始業時間までもう間もないというのに、己の膝の上で寝落ちしてしまった恋人兼副官をさてどう起こそうかと思いつつ穏やかな寝顔を見下ろして目を細める。
しょうがねぇな、そう呟いて、懐から取り出した神機の目覚まし機能をきっちりと設定して、修兵を抱えながら拳西も束の間のうたた寝に落ちて行った。










食堂で昼食を摂り終えて満腹の腹を擦りながら、四席は戻って来た執務室の一角を見て首を傾げた。

「…何やってんの?」

隊首室の扉の前、すっかり冷めてしまった茶と茶菓子を乗せた盆を手にしたまま、なんとも微妙な前傾姿勢を取っている三席の珍妙な後姿に声を掛ける。
良く見れば片手で盆を支えている腕がかたかたと震えているし、唇を真一文字に引き結んだ真顔には血が上っていて耳まで真っ赤だ。
ぱっと見れば何かの罰ゲームか苦行である。

「え、お前ずっとそうしてんの?飯は?その茶どうすんの?え?」

良く分からない状況に矢継ぎ早に疑問を投げかければ、必死の形相で”しーっ!”と制されてしまった。
三席はそのまますっと静かに姿勢を戻し、凝り固まってしまった腰を空いている方の手でトントンと叩きながらなんとも言い難い表情で四席を振り返る。

「茶は出すタイミングを失った、飯は食ってない、腹は減ってるけどいっぱいだ、今はここから動けない」

どこか据わった目で真顔のまま淡々と訳の分からないことを言う三席に再度首を傾げれば、恐る恐るという風にぷるぷる震える指先で目の前の扉を示された。
どうやら、”黙って見ろ”と言うことらしい。
状況が飲み込めないまま近付けば、ほんの僅かに、本当にほんの僅かな糸程の隙間が空いていて、その隙間を片目で覗き込んだ先の光景に強烈な衝撃を受けた。

「!!」

思わず声を上げそうになるのを飲み込んで息を詰める。
さっきまで大騒ぎしていた五番隊隊長の急襲と炬燵騒動までは目にしていたが、まさかあの後こんな状況になっていようとは。
戻る頃にはすっかり片付けられてしまっていると思っていたがその見当は見事に外れ、予想外にも程がある光景が広がっている。
隊舎の一角にある隊首室、大きな炬燵の隅で自隊の隊長と副隊長が仲睦まじく添い寝をしている現場など、誰が想像出来ようか。
肩まですっぽり炬燵に入ってしまっているせいで少し暑いのだろう、赤くなった頬ですっかり安心しきった寝顔を晒しながら眠る副隊長と、そんな副隊長を両腕で抱え込むようにして寝入っている隊長の姿を見てしまった二人にとっては、とんでもない爆弾を落とされた気分だ。
暫し息を止めて絶句したまま見入っていた四席が、先の三席と同じ様にすっと上体を上げると、がばりと振り向いた。

「なん…っ副…っあれ…っ天使か…っ」

抑えているようで抑え切れていない声で興奮を伝えて来る四席の肩を、既に何か悟りを開いたのか三席がぽんと叩いて慰める。

「そうだな、間違いない、もうみなまで言うな」

午後の始業の前にとんでもないものを見てしまったと、得をしたようなどこか後ろめたいような複雑な気持ちを抱きながら詰めていた息をはあああっと大きく吐き出した。

「…ん?なんか、神機光ってねぇ?」

ぐったりとしながら振り返りしなに見た三席の懐がチカチカと光っていて、着信を知らせているそれに四席は指差して指摘する。

「え?あ…」

通知を消していた為に気が付かなかったのだろう、とりあえず内容を確認するべく自身の伝令神機を取り出して確認した三席の目がぎょっと見開かれる。

「うそだろ…!」

伝令着信三分前 六車隊長【始業になっても出て来なかったら起こせ】

恐らく、目覚ましを設定したのと同時に念の為と三席へ送ったのだろう。
内容こそ大したものではないものの、この状況でそれを要請しようとはなんたる酷な指令か。

(この状況で俺が起こしに入れってのか…!無理、無理無理無理、っていうか覗いてたの絶対バレテてるーーーっ!!)

未だ器用に盆を掲げながらがくりと膝を落として項垂れる三席の肩を、今度は四席が叩いて遠い目で慰めた。

「そろそろ慣れようぜ、俺ら…」



こうしてなんだかんだで部下達が色々と悟りを開き始めた頃には、炬燵を撤収させるどころかすっかり九番隊隊首室の常備品になってしまってお茶休憩の憩いの場に定着したらしい。
持ち込んだ当の平子と言えば、有能な副官の厳しい監視の下抜け出すこともままならず、たまに侵入に成功したかと思えば拳西に叩き出されて実質出禁にされるとういう自業自得ながら哀れな姿が頻繁に目撃されたとか。



―終―




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