ぼうっと覚醒しきらない頭で、朝食を食いっぱぐれた阿近がまず起き抜けにすることと言えば、

「…なぁ、修は?」

ひとまず修兵の所在確認だ。
寝ているのならばちょっかいを出しに出動するし、起きていれば構って貰うついでに特製のコーヒーも淹れて貰いたいし腹も減っているのでオムレツが食べたい。
そんなことを取り留めなく考えながらリビングをキョロキョロと見渡せば、ソファで新聞を広げていた拳西がバサリとそれを捲って視線だけをチラリと寄越す。
寝室に侵入してみたが既にそこは蛻の空だったし、大きな体でソファを占拠している拳西の隣にもキッチンにも居ないようだ。
後ろ手にぽりぽりとスウェットの背中を掻きながら拳西に答えを促せば、ああと何かを思いついたように顔を上げた。

「多分、風呂場じゃねぇか?」

「…あぁー…」

拳西の返答ですぐに見当がついたのか、阿近は納得をしたような声を上げる。

「しゃあねぇなぁー…」

間延びした声で少し呆れて笑う阿近の腹が空腹を訴えて盛大にぐうぅと鳴れば、今度は拳西がそれに小さく吹き出した。

「朝飯食うなら作ってやろうか?」

「んー…いや、いい…」

何がしかを少し考えた末にそう言って、フラフラと修兵を探しにバスルームの方へ行ってしまう。
もっさりと寝癖を拵えた良い歳の成人男性だと言うのに、その後姿がまるで親鳥を探す雛に見えて拳西はまたクッと喉を鳴らして笑ってしまった。











最近、修兵にまた一つ新しい趣味が増えた。

割合多趣味な人間に分類されるであろう修兵の持つ趣味は、アクティブなものからインドアなものまで大小様々だ。
要は凝り性だとかハマり癖があるのだろうと、その辺りは自覚もしている。
そんな修兵の中に新しく加わった趣味とも言えないようなそれは、二十代の男が持つにしてはなんとも地味で所帯じみていて我ながら笑ってしまうようなものなのだが。

ゆったりとした休日の朝に、ゆっくりと朝食を囲んだその後(とは言っても今日は阿近が梃子でも起きなかった為に拳西と二人きりだったのだが)。
諸々の掃除は拳西に任せて、今日は修兵が洗濯当番だ。
三人分の衣類やらタオルやらを手際良く分類して、愛用の洗剤とお気に入りの柔軟剤を傍らに並べる。
”よし”と呟いて、積み上がる洗濯物を放り込むのは、つい先日新調したばかりでまだ新品ピカピカなドラム式洗濯機だ。
どうして洗濯機を買い替えなければならなかったのか、その原因は同居人の内で唯一家事能力皆無な男が大きく関わっているのだが、そこはご想像にお任せして割愛する。
なんだかんだと一悶着あった末、三人揃って家電量販店に出向いた先、一目で修兵が気に入ってしまったのがこの洗濯機だった。
コロンとした真っ白なボディに黒くて大きな一つ目がどことなく可愛くて、じーっとその前で立ち止まって向かい合っている修兵が可笑しかったのか二人には笑われてしまったが。
滅多に物を欲しがらない修兵のたまのおねだりに、拳西と阿近は二つ返事で了承してあれよあれよと言う間に購入してしまった。
洗面台の横にぴったりと納まったそれは、見た目の割りに大容量で静かだし、その上節水上手と来たなかなかに優秀な新入りだ。
メンテナンスに少々手がかかるものの、そこは修兵、それも割と楽しく熟している。

そんなこんなで、修兵のお気に入り家電が新たに増えたのと共に、そこに付随した地味な楽しみも増えたのだ。

「……おもしろいなぁ」

今までお世話になっていた縦型洗濯機とドラム式との決定的な違いの内の一つ、『中身が見える』それこそが只今絶賛修兵が夢中になっているものだった。

ジャッジャッとリズミカルに放水される中で、洗濯物がぐるぐると回っては落ちて回っては落ちて。
ただただその繰り返しなのだが、今まで目にする機会の無かったものをこうして見られることが単純に面白い。
ぐるんぐるんと回転する洗濯物を眺めながら、その日の夕飯の献立を考えたり、拳西さんのTシャツ褪せて来たかなとか、この間買って来た阿近さんのパンツやっぱり派手だったかなとか、そんな事をぼんやりと考えてしまって、気付けば洗濯機の前で膝を抱えて座り込みながら乾燥が終了するまで見守ってしまったこともザラである。
日当たり抜群の洗面所はそれなりに広くて、我ながらピカピカに磨き上げられているフローリングも、こうして洗濯物が綺麗になっていく過程も気持ちが良いし、ついついのんびりぼうっとしてしまうのだ。
今日も今日とて、ちんまりと三角座りをしたその膝に顎を乗せ、鼻歌交じりに洗濯機と向かい合いつつ取り留めのないことに思考を巡らせている。

そんなまったりとした空気を壊すように、ガラリと、勢いよく洗面所の扉が開かれて修兵はびくっと肩を跳ねさせた。

「やっぱり」

ばっと振り向いた先、寝起きなのだろう気怠げに後ろ髪を掻き回している阿近が、扉に手を掛けながらふっと小さく息を吐いている。
その言葉と表情に少しの呆れが混ざっているのが見て取れて、修兵はへにゃりと眉を下げながらあははと笑った。

「お前も良く飽きねぇなぁ…」

そう言いつつも、洗濯機の正面に陣取ってコンパクトに座り込みながら、少し眠そうな顔で片頬を膝につけて見上げて来る修兵が可愛くて思わず頬が緩んでしまう。

「なんかつい、面白くて」

そう言って、上機嫌にまたあっさりと視線を正面へ戻してしまった。
機嫌は良くとも少々つれない修兵の態度がなんとなく不満で、阿近はその背中へぺたぺたと近付き、すとんと、背後から修兵を抱えるようにして座り込んでしまう。
長い脚で修兵の身体を挟み、肩に顎を乗せて顔を寄せながら両腕をぐるりと回して閉じ込めた。

「わっ」

「何がそんなに面白いんだよ…」

「えぇー…ぐるぐるしてて面白いじゃないですか」

新しいおもちゃを見つけた子供のような声音を出して、修兵は後ろの阿近へ背を預けながらゆらゆらと体を揺らしてみせる。
寝起きだからだろうか、いつも低体温気味の阿近から伝わる温もりが少し高めで心地が良い。
まさにまだ目が覚めきっていないのだろう、修兵の揺れに任せながら回転する洗濯物を凝視している阿近が”酔いそうだ…”と呟くので思わず笑ってしまった。
大の男二人が床に座り込んでくっつきながら何をやっているのかと、傍から見ればなかなかにシュールな画だが、なんだか平和で幸せだ。

「天気も良いし、お洗濯日和ですねー」

そう言う修兵への返事の代わりに、阿近の腹の音が洗面所へぐううっと鳴り響く。
背中越しに振動まで伝わってきてしまって、修兵は思わずぶはっと吹き出した。
見れば、洗濯機の窓に映り込んでいる阿近の眉間に情けない皺が寄ってしまっている。

「…腹減った」

「あはは、だって阿近さん全然起きないんですもん」

遅い朝食のリクエストをする阿近に、修兵はまだあとちょっとと洗濯機の前からなかなか動こうとしない。
不満を垂れてくすぐってみたりそれにやり返してみたり、おニューのパンツが派手だという阿近からのクレームに”やっぱり?”と笑ってみたり。
いい加減立ち上がって色々とやらなければいけないことは頭に浮かぶのだけれど、まったりとしたこの緩さを手放し難くて、なんやかんやと洗濯が終わるまでじゃれついてしまった。











「…遅くねぇか?」

誰にともなくそう呟いて、拳西は目を通し終わった新聞を折り畳んで壁掛けの時計を見上げた。
阿近が修兵を探して洗面所へ向かって暫し、とっくに乾燥終了のブザーも鳴り終わっていたように思うのだが、一向に二人が出てくる気配がない。
それどころか妙に静かで、物音一つしない洗面所の様子が気になって腰を上げる。

もしや、

そう思った予想通り、開きっぱなしになっている扉の奥の光景を見て、拳西は苦笑混じりの溜息を漏らした。

「やっぱりか…」

とっくに役割を終えた洗濯機の前で、床に座り込みながら二人してすっかり寝入ってしまっている。
後ろからぴったりと修兵に張り付いてその背中に頬を預けながら寝落ちしている阿近に抱えられたまま、修兵は修兵で器用に膝を折り畳んで洗濯機に額を預けながらほぼ熟睡状態だ。
どうにもシュールな光景だが、緩みきっている寝顔とコアラの親子のような体勢が面白くて可愛くて思わず暫く眺めてしまった。
そうは言っても、このままここで寝ていたら腰も痛めるだろうし体を冷やすことにもなりかねない。
それに洗濯物だって畳まなければならないだろうし、背後にひっついている阿近に関しては今日の一食目を与えなければいつまでも稼働しないだろう。
拳西はひとまず目の前の光景をスマートフォンのカメラでカシャリと撮影して保存してから、とりあえず起こさなければと、阿近の旋毛目掛けてズブリと指先を突き立てた。

「っ!?」

「!!?」

突然旋毛を襲った衝撃にビクンッと飛び起きる阿近につられて、修兵の体も同時に跳ね上がる。
居眠りから叩き起こされてハッと真ん丸に見開かれた目玉を揃えて向けてくるものだから、拳西は間の抜けた二人の顔に思わずくっと笑ってしまった。

「び…びっくりした…!」

「てめぇ…もうちっと穏やかに起こせ!」

「おら、こんなとこで寝てねぇで動け動け」

やいのやいのと、主に阿近から寄越される不満と抗議の声を右から左へ流しながら、すっかり床と仲良くなってしまっている二人の尻を叩いて立ち上がらせる。
新入りが来てからと言うもの、なんだか修兵に妙な趣味が増えたものだと、拳西は動きを止めた洗濯機を見遣って首を傾げつつも小さく笑った。








後日、

何がそんなに面白いのかと、純粋な疑問を持って稼働中の洗濯機を覗きにきた拳西が、ついつい座り込んで眺めてしまっている姿が見られたとかどうだとか。

大きな背中を丸めながら胡坐で座り込んで渦を巻く洗濯物を眺めている拳西を見た阿近が、

「新しい文明に触れたゴリラだ」

と例えたのには思わず修兵も吹き出してしまって、二人して扉の影に隠れながらこっそりとスマホのカメラのシャッターを押していた。




― END ―



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