修兵を肩に担ぎ上げたまま学舎から九番隊隊舎の前まで瞬歩で移動をした拳西は、人一人を抱えて突如現れた自隊の隊長に何事かと目を見開く隊員達の視線をものともせず、そのまま大股で隊舎の廊下を突き進む。
ぐるぐると目まぐるしく変わる視界に修兵が目を回しそうになる頃には、隊舎の最奥に宛てがわれている拳西の私室の扉が見えた。
足で乱暴に扉を開け放した拳西は、仮眠室の敷布の上へ軽々と修兵を転がしてしまう。
急に天地が戻された修兵は尻餅状態で後ろ手をつきながら、ぶれている視界の焦点を合わせようと緩く首を振った。

「あ、あの、拳西さん怒ってます…か?」

スパンと、無言のまま荒々しく障子戸を閉めた音が室内に響く。
その音にビクリと肩を竦ませた修兵を振り返り、拳西はようやく口を開いた。

「当たり前だ!遅いと思って見に行ってみりゃあ…」

拳西曰く。

修兵が霊術院での寮生活を始めてから年に数度ある院の長期休暇の際には、ずっと拳西と生活を共にしていたこの九番隊舎へ必ず帰って来ていた。
今回も例外になく拳西はそのつもりで修兵の帰りを待っていたし、修兵も講義が終わり次第そちらへ向かうつもりでいたのだろう。
そこを今にも抜け殻になってしまいそうな恋次に懇願されて、あの事態に至ったのだ。
始めはほんの少しだけと思って了承をしたものの、一度集中をすると周りのものが目に入らなくなってしまうのは修兵の悪い癖で、つい時間が経つのも忘れて熱心な指導を施してしまっていた。
拳西の肩に担がれながら見た外の景色はもうとっぷりと日の暮れてしまったそれで、思っていたよりもずっと時間が経過してしまっていた事に修兵自身も驚いてしまった。
そうして連絡も無しに一向に戻らない修兵の身を案じて足を運んだ拳西が見た光景が、あれである。
平子やローズ辺りには未だにこの過保護ぶりを呆れられてはいるものの、修兵の保護者であると同時に恋仲でもある拳西の心配は常に二倍なのだ。

すっかりしゅんと萎れてしまった修兵を見て、拳西は少し声を荒げ過ぎたかと眉間の皺を緩ませる。
恋次に押し倒されている修兵を見て大人げなく嫉妬混じりの怒りを露わにしてしまった自分が今更に恥ずかしくなり、盛大な溜息を一つ吐き出してから修兵の前へ膝を付き俯いてしまっているその頭を撫でた。

「修兵」

「はい」

名前を呼んだ拳西に、律儀にも修兵は正座をしてきちりと座り直した、俯いた頭はそのままだが妙にその所作がいじらしい。

「お前が勉強熱心なのも、頼まれると断れないのも、後輩の面倒見が良いことも俺は知ってるし、そこがお前の長所でもある。それを責めてるわけじゃねぇんだ、分かるな?」

こくりと、修兵の頭が縦に動いた事を確認して拳西は話を続けた。

「遅くなる時には必ず何か連絡を寄越せ、それと…」

膝の辺りに添えられている修兵の左手を見て、拳西は先程よりも大きな溜息を吐いた。
人差し指の第二関節、薄らと浮かぶ歯形の跡がまだ微かに残っている。

「お前、まだ治ってねぇな、この噛み癖」

外であまり無防備な所を見せるなと、拳西の言いたいところはそこなのだが、恐らく修兵には半分も伝わっていないだろう。

「なっ、違、つい…!」

自分がまだまだ幼いのだと、そう言われたのだと思った修兵はさっと頬を染めた。
もう随分昔だが、熟睡しながら毛布の端に噛みついていたり、その頃まだ何も知らなかった幼い修兵が無邪気に狛村の尻尾に飛びついてガブリといこうとした所を拳西に捕まえられて叱られたり、その他思い当たる節は諸々ある。
始めは拳西も、急に大人達の中へ放り込まれてその環境の変化と寂しさからくるものだと思っていたのだが、それを治させるのには少々手を妬いたものだ。
今では修兵もあの頃とはもう比べ物にならない程に成長し、おまけに年不相応ではないかと思われる程の色気まで醸し出しているのだ。
だからこそ余計に質が悪かった。

「お前はもっと危機感を持て、阿散井の前なんかでんな所見せんじゃねぇ」

きょとんとしている修兵の左手を取り上げて、拳西はその人差し指をぺろりと舐めてしまう。

「ちょっ、拳西さん!」

「あ?よりにもよってあの駄犬なんぞに噛みつきやがって」

言いながら段々と目を据わらせていく拳西に修兵は焦りながらも、少しずつこの状況を理解していく。

「もしかして拳西さん、ヤキモチ…ですか?」

そう呟いた修兵に、一瞬ピタリと動きを止めた拳西の眼光が目を据えたままにキラリと光った。

「ほう…ガキの癖に、言うようになったじゃねぇか」

「お、俺はもうガキじゃないです!」

未だ自分を子供扱いする節のある拳西に怒り、反撃のつもりで修兵は自分の左手を取り上げている腕を掴み、引き寄せたその手首にがぶりと噛みついた。
がっしりとしたそこへ歯を立てながら、大したダメージを受けていないであろう拳西と視線がかち合った途端、修兵の背筋へ何かがぞくりと走り抜けた。
つい数分前、阿散井に対してした行為とまったく同じ事をしている筈なのに、何かがまったく違うのだ。

直に感じ取る事の出来るその脈動に、その倍の早さで修兵の心臓が早鐘を打ち始める。
なんだか、自分が酷くいけないことをしているような、それでいて酷く満たされているような。


ゾ ク リ


(ぁ…、な、んだ・・これ…)


「修?」

急に動きを止めた修兵を何事かと思い、拳西は怪訝な面持ちでその名を呼んだ。

「拳西さん…が、いいです…」

そう小さく呟きながら、未だ自分の手首へ噛みついたままじんわりと目を潤ませ始めた修兵に、先程までの怒りを忘れて拳西は息を飲んだ。

「とんでもねぇ煽り方覚えやがって…」






* * * * *





「…っ!けんせぇ、さんっ…重…!」

ドサリと、全体重を掛けて大きな体が背中に覆い被さって来る。
押し潰されて身動きの取れない体の代わりに、首だけを捩り真後ろにある銀髪をなんとか視界に入れた。
文句を言われている当の本人は、背まで流れる襟足の髪の隙間から覗いている項へ唇を押しつけている。

「もうちょいな…」

「んんっ」

耳元で響く低い声に絆されて、すっかり力の入らなくなってしまった体を半ば諦めた。
こうなってはこのまま拳西が動いてくれるまで待つしかないのだが、いかんせん、今のこの体勢には問題があるわけで。

「ん…でもまだ中っ…あ…っ!」

「ああ、悪ぃ」

そう言って修兵の背を宥める様に撫でながら、拳西は出来るだけ負担を掛けないようゆっくりと身を引いていく。

「…っ!」

熱が抜け落ちて行く感触と生々しい水音に小さく声を上げた修兵が、ようやく強張りを解いて全身を弛緩させた。
せわしなく上下する修兵の背中から隣へと身を横たえた拳西は、何かを言いたげに小さく自分を睨んでくる修兵の顔を覗き込んだ。

「なんだ、大丈夫か?」

「…拳西さん酷い」

それだけ言って、修兵は拗ねた様に反対側を向いてしまった。
その修兵の背中には、先程までの行為で拳西がつけた歯形がまだくっきりと残っている。
その跡は背中だけに留まらず、肩口、腕、腿、足首や脇腹にまで無数に及んでいた。
ちょっとした仕返しのつもりで噛みついてみたのだが、先の勢いもあってか途中から止まらなくなってしまったのだ。
流石にしつこかったかと、修兵の白い肌に散った惨状に拳西は苦笑いを漏らす。

「なぁ修兵、知ってるか」

返答は無いが、聞いてはいるようなのでそのまま話を続ける。

「噛むっていうのはな、独占欲やら欲求やら甘えの現れなんだとよ」

ぴくりと肩で反応を示したものの、まだこちらへ向き直る気はないようだ。

「お前、寝てる間に俺の手やら腕やらに噛みついてきてんの知らなかっただろ」

「う、嘘!?」

ガバリと上半身を起こしてこちらを振り向いた修兵の顔は見事に真っ赤に茹立っていて、拳西はくっと喉の奥で笑いを押し殺した。

「嘘じゃねぇって」

やっと拳西の方へ顔を向けた修兵を再び捕らえ、今度はすっぽりと腕の中へ納めてしまう。
自分がつけたその歯形に掌を這わせながら、

「なぁ修…このまま俺が食い千切りたいって言ったら、どうする?」

拳西の獣じみた目を見た瞬間、先程感じたものと比にもならない程の何かが修兵の背筋から頭の天辺までを突き抜けた。
再び耳元で囁かれた拳西の台詞に、盛大に狼狽える。

「お、俺なんか食っても美味しくないですよ!」

「しっかし、それにしても強烈だなぁ修兵の愛情表現は」

「人の話聞いてますか!?」

「平子と衛島辺りにでも自慢するか」

「やめてください!!」

「いいじゃねぇか、本当の事だろ?」



それはそれは、食べてしまいたくなる程の愛情を。







愛しい貴方の、














−END−


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