ゴシゴシと、食事で汚れた口元を蒸しタオルで拭ってやれば、拳西も阿近も喉を鳴らして大人しくされるがままになっている。
なんだか猛獣の調教師にでもなったような気分で、誰にともなく何とも言えない優越感だ。
温かいタオルでマッサージをされるのが気に入ってしまったのか、

『(あぁー…これ楽でいいな)』

『(…悪くねぇな)』

などと呑気なことをのたまう始末でさすがの修兵も少々頭を抱えたくなった。
ゴロゴロと喉を鳴らして気持ち良さそうにこちらへその身を預けてはいるものの、昼間のおっとりと眠気を含んだ表情とは一転、形良く吊り上った猫目が爛々と活力を帯びている気がする。

「そう言えば、ネコ科って夜行性だったっけ」

昼間あれだけ盛大に寝ていたし、そろそろ就寝時間の修兵とは逆に目が冴えてしまっているのだろう。
このまま様子を見ていてやりたいし相手をしてやりたい気持ちは山々なのだが、流石に眠気には抗えそうにない。
コーヒーでも飲んで起きていようと言う修兵を気にするなと気遣って、拳西は鼻先でくいくいとその背を浴室へ促す。

『(風呂入って寝ちまえ、ベッド代わりになってやるよ)』

そう言う二人の”ネコ科ベッド”という魅力的な提案に二つ返事で頷いて、修兵は促されるままさっさと入浴を済ませてしまおうとリビングを後にした。











『(おい、でけぇ体でウロウロすんな、落ち着けよ)』

この体になってから随分と狭く感じるリビングを、ひたすら右から左へ行ったり来たりしている拳西へ向かって阿近が鬱陶しそうな声を上げる。
修兵が浴室へ姿を消してからというもの、落ち着きなくうろつく拳西を見兼ねてガルルと怒気を含んだ唸り声を上げた。

『(…うるせぇ、人のこと言えねぇだろうが)』

歩き回るのを止めないまま阿近を一瞥すれば、こちらはこちらでしきりに腰から下の毛繕いを繰り返したり立ったり座ったりそわそわと落ち着きが無い。
文句を言い合いつつも、ギラギラと強い光を帯び始めた瞳孔が意味するところの理由は互いにはっきりと自覚しているし、相手のそれも嗅ぎ取っている。

『(なぁ…これどうすんだよ…)』

『(…俺に聞くなよ、どうしようもねぇだろ)』

気休めにそわそわと動き回りながら、どう制御すれば良いのか見当がつかない”野生の本能”に戸惑って、人間だったならば間違いなく両手で頭を抱えているところだ。
”発情期”
その三文字が拳西と阿近の脳裏でぐるぐると巡る。
このままではとんでもないことになりかねないと、ひとまず互いの足にでも噛み付いて気を逸らせようと大きく口を開けて向かい合ったのと同時、バスルームの扉が開く音がしてぴたりと動きを止めた。

「ちょっ、なにしてんの!!?」

鋭い牙を剥き出しにして今にも噛み付き合おうとしている光景を見て、ギョッとした修兵が慌てて二人の間に滑り込んで来る。
本格的な喧嘩に発展したのかと勘違いをした修兵は、とにかく落ち着かせようと両脇に拳西と阿近の顔を抱え込んで押さえつけた。

「あああもうビックリした間に合って良かった、なんで喧嘩なんかしてるんですか!!」

ぎゅうと修兵に抱えられたまま、拳西と阿近はグルグルと唸って喧嘩であることを否定するも、内心はそれどころではない。
間に合って良かっただなどと安心しているのは修兵だけで、スウェットのボトムを身に着けただけで出て来た湯上りの修兵の素肌の匂いに、抑えつけようとしていた獣の欲求がぶわりと膨らんで行く。
獣が人間に発情するなど滑稽な話だが、元々が人な上に相手が修兵なのだから仕方が無い。
ひとまず大人しくなった二人にホッとして腕の力が緩められた瞬間、拳西は抱えられていた頭をぐっと押し付けて修兵を後ろへ倒した。

「!?」

コテンっと仰向けに転がされて驚いている修兵の上、大きな体で覆い被さるようにして四肢でその体を囲んでしまった。
仰ぎ見る巨体の猛々しさに驚いて何事かと目を瞠っている修兵に構わず、阿近は首に掛けられていたタオルを口に咥えて引き抜き、ペロッとその頬を舐め上げる。
それを見ていた拳西が、己もと言うように修兵の晒されている素肌を分厚い舌でベロリと舐め上げた。

「ひっ!ちょ…っと待ってもしかして…!」

ザラザラとしたネコ科特有の舌の感触に鳥肌を立てて、修兵は不意に浮かんだ予感にサッと顔を青くして固まる。

『(修、悪ぃ)』

『(…こいつのはちと遅ぇ気もするが、豹は年がら年中発情期なんだぜ)』

気まずそうに謝る拳西と、それこそ飄々としながら聞いてもいない無駄知識を披露する阿近に修兵はぶんぶんと首を横に振った。
悪いも何も、虎やら豹やらの発情期と言えば、

”虎の発情期は二〜五月中の数日であるものの二日間にかけて100回以上、豹は五日〜六日間に渡って繁殖活動を行う”

いつだったかテレビやら書籍やらで目にしたなけなしの知識が脳裏に蘇り、己が今とんでもない危機に晒されていることを自覚する。
二対の鋭い目にギラリと欲情を孕ませて見下ろしながら、じりじりとその身を摺り寄せて来る大きな猛獣の体を修兵は渾身の力を込めてぐいぐいと押し返した。


「む、無理無理死んじゃう!!ほんとに…!!ムリだってーーーっ!!」






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