その薄い皮膚と筋張った筋肉に埋もれている無数の血管を想像する。

柔らかな白い膜と無数の細胞組織に覆われて全身に走る細い管。
爪を立てればその肌の下で柔軟に線は歪み、心臓の上に触れれば骨の下で行われている生命の循環が伝わる。

青く透けるその管に通う赤い血を想像する。

指先から骨張った手の甲、手首の内側を上り肘の裏から鎖骨の両端。
晒された首を這う太い管を下り、骨盤の内を走る線から膝の裏側。

精密に張り巡らされたその一筋一筋を指先でなぞり上げる。

所々力強く脈動する膨らみを押しては、その下で歪む管を想像する。


血と、酸素と、貴方を構成している何もかもを絶え間なく運んでいるそこへ歯を立てる。
喉の奥からせり上がる噎せ返る程の甘さに、溶かされていく心臓。









カリッ。


筆頭として常に先頭で剣を振るっている割には随分と細くしなやかなその白い指が、形の良い二枚の薄い唇の間に吸い込まれて行くのを、恋次は食い入る様に眺めていた。


明日から始まる長期休暇前の筆記試験の結果が散々なもので、連休中に行われる追試験を前にして恋次が泣きつきに行ったのが檜佐木修兵だった。
連休に入ってしまっては修兵が付き合ってくれる可能性は皆無に近い。
否、懇願すればこの面倒見の良い先輩は快く引き受けてはくれるのだろうが、それを良しとしない人物が一名いるのだ。
残念ながら恋次がその人物を押し切れる可能性もまた皆無だった。
故に、頼る機会は今日しかない。
卒業前にして既に護廷入りが確定している上、現九番隊隊長六車拳西と特別な親交もある修兵は、恋次にとって尊敬するべき非常に頼れる先輩で、修兵自身もこの後輩に泣きつかれる事にはもう慣れてしまったものだ。
今も本校舎とは離れの学舎の一室で、テキパキと纏め上げた問題の山を恋次の目の前へ積み上げながら次々とそれらを進めさせていた。

そんな時だ、

難問に湯気を立てそうになっている頭を抱えながら問題に対峙している恋次の向かい側に座っている修兵が、時折筆を走らせているその紙面に視線を落としながら、左の人差し指を口元へ宛てがっているのに気がついたのは。

恐らく余程集中しているのだろう、食い入る様に見つめる恋次の視線には気付く素振りもなく、折り曲げたその指の第二関節に時折カリリと歯を立てるのだ。
伏せられた切れ長の目を囲う睫は思いの外長く、頬に細い影を落としている。
その影から延びるなだらかな頬の曲線上、追った先で白い歯が薄い皮膚に僅かに食い込んでいる様から目が離せなくなってしまった。
一度目についてしまえばなかなかそこから気を逸らす事が出来ない。
報われる事がないと日頃精一杯に押し留めている筈の、目の前の彼へ抱いている密やかな慕情がむくむくと形を為して膨れ上がっている事を自覚して恋次は焦りを覚えた。

(やべぇ・・・)

癖なのだろうか、それにしては今までこんな光景を目にした記憶もなかった。
それとも、自分の前だからだろうか、以前よりは大分気を許してくれている事は感じていたが、今の様に何処か無防備とも受け取れる修兵を目にした事に恋次は小さな自惚れを覚えてしまいそうになる。

カリッ。

緩く関節に歯を立てながら、下唇を指先で撫でては、また歯を立てる。

良からぬ煩悩が頭を擡げ始めてそわそわとし始めた恋次にようやく気づいた修兵が、ふと、視線だけで恋次を見上げた。
ぱさりと襟足の黒髪が一束肩へ落ちる。

ぞくりと、恋次の背筋に震えが走った。

「どうした、阿散井」

「いや…先輩、それ癖っすか?」

「あ?」

筆を置いて自分の口元を指差した恋次につられて見下ろせば、微かに歯形の残ってしまった左人差し指の第二関節が目に映る。
途端修兵の頬にかっと朱が走り、違うと真っ赤な顔で否定をしながら机の下に左手を隠そうとするその手首を、恋次は身を乗り出して思わず鷲掴んでしまった。
初めて触れたその手首の細さと目の前にある生々しい指の歯形に、恋次はムラムラとしたなんとも抑え切れぬ劣情を覚え、

「せ、先輩!!」

「え、おい!なにすんだ阿散井!!」

問題集や参考書が床へ散らばり落ちるのにも構わず、恋次は修兵の手首を引き上げながらがたがたと机の上へ身を乗り出しその肩をがしりと掴んだ。
そのまま易々と引き上げた修兵を机の上へ押し倒して覆い被さってしまう。

「ちょ、あっ、ふざけんな阿散井離せ!退け…っ!!」

「無理、無理無理なんかもう色々無理っす俺ムリ!!」

ぐいぐいと迫り来る恋次の顔を自由の利く右手で押し返しながら叫ぶ。

「なんなんだよ!俺が無理!ふざけるのも大概にしろ!無理!」

「いや無理っす!先輩!後で殴っても蹴り倒してもいいんで」

「ぎゃー!!」

ギラギラと野犬の如く目の奥を光らせた恋次が、修兵を射竦める様に見下ろしながら顔を押し退けてくる手を引き剥がそうとする。
なんとも色気の無い叫び声を発した修兵が、逆に恋次のその手を素早く引き寄せ、ガブリと渾身の力で噛みついた。

「イィッデェェエ!!」

その痛みに恋次が声を上げたのと同時、バシンと、教室の引き戸が開け放たれる音が響いた。
体勢を整えて振り返る間も無く、ぐんと浮き上がった恋次の体が廊下側の壁まで軽々と吹き飛ばされる。
呆然とする二人の間を隔てる様にして仁王立ちをしていたのは、泣く子もちびって泡を吹く九番隊隊長の六車拳西だった。

「テメェ、何してやがった、あ゙あ゙?」

目力だけで虚を纖滅出来そうなその視線に、恋次の顔からさーっと血の気が引いていく。
拳西の膨れ上がる霊圧におののいて恋次は完全に金縛り状態だ。
拳西の背に庇われる様にしながら素早く身なりを整えた修兵が、その恐ろしい沈黙を破る。

「あ、の…拳西さん、これは違くて、」

「お前は黙ってろ」

「は、はい…!」

言い終わる前にピシャリと遮られてしまった修兵は、ビクリと肩を震わせて口を噤んだ。
暫く恋次にじりじりとした重い霊圧を飛ばしていた拳西は、振り返り様ひょいと修兵を肩へ担ぎ上げてしまう。

「ぎゃ!」

先程と同じ様な悲鳴を漏らしながら、拳西の肩の上で修兵は身を硬くした。
そして部屋を去り際拳西が再び恋次を振り返ると、

「お前、今度手ぇ出したら、分かってんだろうな?」

恐ろしい程の静かな口調で最後通告をして出て行った。

(お、俺…明日死ぬかも…)





人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -