パシパシと胸元を拙く叩かれて、拳西の意識が少しずつ浮上する。
パシパシ、パシパシ、ぺちんと頬まで叩かれた所でようやく幾らか覚醒して、部屋に響き渡る電子音に気が付いた。
枕元のデジタル時計の電子音に混ざって、スマホのアラームまで重なればなかなかの大音量だ。
寝起きの頭にぐわんと響くそれに眉を顰めて唸る拳西の胸元から、もう一つの唸り声がする。

「うぅ…それ…けんせぇさんそれ…」

布団に埋まりながら緩慢な仕草で腕を伸ばそうとするものの、拳西越しのベッドヘッドまでは届かないらしく、その手が胸を叩いたり肩を叩いたり挙句は頬の辺りでたしたしと泳いだ。
どうやら修兵のこの手に起こされたらしい。
けたたましい音を止めろと要求された目覚ましのスイッチをようやく切って時刻を確認すれば、なんだか損をしたような気分になってしまって、思わずあ゛ぁーという呻き声が漏れた。

【 sun. am07:00 】

「悪ぃ、アラーム切んの忘れてた…」

「ん…」

ようやく静けさを取り戻して満足したらしい修兵は、やっぱりだのまだ眠いだのを意識半ばで呟きながら擦り寄って来る。
寝起きと言うか半覚醒というか、意識がまだ半分沈んでいる修兵は舌足らずでゆったりまったりとしていて、朝から構い倒してやりたくなる。
とは言え、己の失態ながらせっかく久しぶりに修兵と二人で迎えた休日の朝にうっかり水を差されたような気分だ。
それは修兵も同じだったようで、眠そうに擦り寄るその眉間へ微かに皺が寄っている。
難しそうに寄る眉根を解すようにしてぐりぐりと親指の腹で押してやれば、己の腕の上に乗っている小振りな頭がぐらぐらと揺れて、半開きの口でされるがままになっている修兵が面白い。
騒々しい機械音に起こされてしまったものの、やはり一週間ぶりに修兵と迎えるまったりとした朝はなんとも癒されるものがある。

一週間ぶりというのも、阿近の原稿がいよいよ佳境を迎えるというタイミングと同じくして、修兵がなかなか拳西の寝室に寄り付かなくなった。
ほぼ毎日丸一日中部屋に引きこもりながら、その扉の外へも鬼気迫る狂気をだだ漏れにしている阿近の状況に気を遣って、こういう時の修兵は必ずと言って良いほど当人と同じ位ストイックになる。
ごく普通に日常生活を送ることに変わりはないのだが、こういう時期は必然的に放っておかれてしまうことが多いので、どうしたって物足りない。
勿論そこは周囲の人間の機微に敏い修兵の長所であるし、自分とて阿近の仕事の邪魔をするつもりもリズムを乱すつもりも毛頭ない。
しかしそれが一週間も続けば流石の拳西も癒しと言う名の補給がままならなくなってくるというものだ。
そんなわけで、阿近が引き籠り生活に突入して一週間、そろそろなのではと勝手な中りをつけて、翌日が休みだからと言う状況にかこつけた拳西は有無を言わせず修兵をベッドへ連れ込むことに成功した。
案外あっさりと相手をしてくれたどころか随分と甘えた仕草を見せた修兵に、

(なんだよ、俺と同じじゃねぇか…)

そう思って一晩中良いだけ触れて緩んだ顔が締まらなかったのはご愛嬌ということで許して貰いたい。

強引に眠りから引き上げられて本来ならば降下してしまいそうな機嫌も、昨晩からの甘ったるさを引き摺っている拳西のそれはすぐさま浮上する。
抱き枕よろしく己の足を挟み込んでいる修兵の剥き出しの太股を撫で擦れば、こそばゆいのか仕返しのつもりなのか、拳西のふくらはぎの辺りを丸い踵がもぞもぞとくすぐった、ほんの微かに笑っている口元が可愛い。

「んにゃろ」

自分でも引くくらいの甘やかした声で修兵の脇腹の辺りをくすぐれば、ふはっと鼻から抜けたような笑い声を上げて逃れようと身を捩る。
暴れたせいで肌蹴てしまった掛布を直してやりながら、それごとぎゅうっと抱き込んだ。

(あぁーー……癒される…)

今時分はほぼオチるように気絶しているであろう阿近には少々申し訳ない気持ちがないわけでもないが、こちらだってそれなりに遠慮はしていたのだから良しとする。
くるりと寝癖のついた旋毛の辺りに顎を押し付けて、気の抜けた息をはぁっと吐き出した。
太い腕に閉じ込められて少々苦しそうにしながらも、部屋に流れるまったりとした空気が心地良くて修兵は眠気に抗えず再びうとうとと微睡み始める。

「眠いか?」

「んー…まだねる…」

「だよなー…」

眠いかと確認しつつ端から拳西もそのつもりなので、今日の一食目は朝食兼昼食にしようと決めて寝直す体勢を取る。
どうせ阿近も昼過ぎまでは起きて来ないだろうと自己完結して、修兵からふわふわと漂う甘い匂いに鼻先を寄せた。

そのままストンと二度寝に落ちかけた拳西の背後から、寝室の扉が開けられる音がカチャリと響く。

(……?)

扉は開いたものの、中に滑り込んできた気配が身動きする様子はなく、二人を覆ってこんもりと盛り上がった布団越しから拳西の背へじとっとした視線だけが突き刺さっていた。
視線の主が誰なのか選択肢は一つしかないが、こちらも既に半分寝ているので起きたのかだの何をしているのかだのを確認するのが面倒だ。
まあ良いかと放っておいて暫し、ひたひたとこちらに近付いてくる足音がして、もぞりと、背後の掛布が捲られる。

「!?」

二人が眠るベッドの端に出来た僅かな隙間へするりとその身を滑らせ、拳西の背中へぴったりとへばりつくように潜り込んで来た。
背中から伝わる体温が幾分か高いので恐らくはまだ寝惚けてでもいるのだろうが、阿近にくっつかれるという至極稀な事態にぞわりと背筋を震わせて拳西はなんとも言えない表情を浮かべる。

(なんだこの状況…)

腕の中に修兵、背中に阿近と言うサンドイッチの具にされて少々暑苦しい。

「おい…」

首だけで後ろを振り向いた拳西が、修兵を起こさない程度の声を掛けながら軽くその背を揺すった。
掛布からぴょこんと黒髪だけを覗かせていた頭が緩慢に動いて、ぼーっと呆けた阿近の顔が目の前に晒される。
霞む視界の中で拳西の顔を確認した途端、半目の阿近の眉間にみるみる凶悪な皺が寄ってなんとも朝から拝みたくない形相で睨み上げられた。
しばらくその顔で何がしかを考えた末、いかつく盛り上がる拳西の鍛えられた背筋をぺたぺたと掌で確認して、

「げぇっ」

あからさまに嫌そうな声を上げる。

「くそ…ねおきにマッチョかよくそが…」

「オメェがくっついて来たんじゃねぇか!!」

どうやら修兵にひっつくつもりで潜り込んだらしい。
もごもごと失礼な文句を垂れる阿近に、後頭部から頭突きをかましてやろうと振りかぶった拳西の頭がスカッと空振る。
猫のような身のこなしで躱した阿近は掛布の中で横向きに体勢を変えて、拳西を下敷きに這いながらごそごそと乗り越え始めた、まるで貞子だ。
修兵を押し潰さないようにひょいっとその隣へ潜り込むことに成功した拍子、阿近の踵がガツンッと拳西を直撃する。

「イッテェ!!脇腹蹴りやがった…!!」

ぐえっと腹をかばいながら青筋を立てた拳西の大きな声に修兵がむずがる。
拳西から奪うようにぎゅうぎゅうと回される腕が苦くて寝返りを打てば、視界がブレそうになる程の至近距離で阿近のどアップがあってパチリと一つ瞬きをした。

「あこんさんだ」

そう言ってふにゃりと相好を崩すと、あっさり拳西の腕の中から身を翻して阿近へ抱き着く。
体温が逃げて寒くなった懐に、拳西が不満そうに眉を寄せた。

「げんこうおわったの?」

「おう…だっこーだ、だっこー…」

「おつかれー」

間延びした声でそう言って抱き着き返すと、修兵は労うようにわしわしと阿近の後ろ髪を掻き混ぜた。
ほぼ平仮名で交わされる会話の緩さに、拳西は些か疎外感を覚えつつ妙に癒されつつ複雑な感慨を抱きながら大きな欠伸を漏らす。
修兵に至っては脱稿を抱っことでも勘違いしているんじゃなかろうか、阿近を甘やかす様がまるで母性のそれだ。
阿近は阿近でもっと撫でろとでも言わんばかりに足まで使って修兵にしがみついている。
常から修兵を泣くまで構い倒しているいつもの俺様不遜な小説家先生はどこへやら、こんな時ばかり甘え方を心得ていて非常に羨ましい、否、あざとい事この上ない。

(…さっきまでの雰囲気返せこのやろうが……)

半ば本気で思うものの、既に寝に入ろうとしている阿近の目元に色濃い隈が見て取れる上、こうして三人揃ってゆったりと迎えられる休日は久々だ。
修兵を挟んでの二度寝も捨て難いが、こうなれば自他共に認める世話焼き気質の器用貧乏な性質が疼く。
とりあえずスキンシップは当然修兵に任せることにして、こちらはこちらで食事の準備でもしてやろうかと起き上がった。
己が上体を起こしたことで出来た布団の隙間から入り込む冷気に文句を言う阿近の頭をベシッとはたいて、拳西はベッドでいちゃいちゃし続ける黒髪二人を背後に寝室を後にする。
部屋を出る直前に掛けられた『オムライスと焼きそばとカツカレー』という胸焼けのするリクエストは丸々無視だ。





人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -