「やっちまった…!」
すっかり酔いの醒めた頭で己に舌打ちをすると、浴室から出た拳西は一目散にキッチンへ向かった。
いくら酔っ払っていたからと言えどお粗末にも程がある。
「修兵!!」
名前を呼びながらがばりと冷蔵庫の扉を開けば、本来ならば水のボトルが鎮座している筈のサイドポケットで、不規則に液晶を点滅させている修兵が収まっていた。
慌てて手に取ればそのボディは冷え切っていて、繰り返し名前を呼んでも画面をタップしても微かな反応を見せるだけで応答がない。
「クソ!」
とにかく機体の温度を元に戻さなければ、咄嗟にそう思った拳西は慌てて下着とスウェットを履いてリビングの温風機を寝室に持ち込みエアコンも起動すると、修兵を抱えたまま布団の中へ潜り込んだ。
素肌から伝わる冷たさは氷のようで、早く体温を移してやろうと胸元に押し付けた修兵を擦る。
暫くそうして抱えていれば、弱々しく点いたり消えたりしていた液晶がパッと明るくなった次の瞬間、ボンッと突然人型化した修兵が拳西へ圧し掛かった。
「うおっ!?」
「ゲホッ!!は…ぁ…ゲホ!!」
体内に入り込んでいた冷気に噎せながら息を整えると、涙目のせいで歪む視界の中に驚いている拳西の顔を捉えて、修兵はがばりと主の体に飛びついた。
「拳西さん!!!」
急に小型化を解かれて驚いたものの、カタカタと震えながらもしがみついて来る修兵に安堵してその体をぎゅうっと抱き締めた。
「悪ぃ、馬鹿やった」
「うぅ…ほんとですよ!!見つけてくれて良かった…!」
己の犯した失態で危うく修兵を壊しかけてしまったことを謝罪して頭を撫でてやれば、馬鹿だなんだと罵りながらもぐりぐりと肩口へ額を擦り付けながら甘えてくる。
そんな中擦り寄せる拳西の体から湯上りの匂いを嗅ぎ取った修兵は、どうして酔っている時に一人で風呂に入るんだ何かあったらどうするつもりだなどと、己よりも主の心配をし始めて拳西を呆れさせた。
酔っ払った主のせいでこの有り様だと言うのに、そんな状況でも健気さを見せる修兵に下らない不注意で恐い思いをさせてしまった己の不甲斐無さにほとほと呆れる。
もう深酒は止めようと心に誓いながら修兵を宥めるように撫でていれば、冷気でしっとりとしてしまっている衣服に気付いて拳西はその手を止めた。
芯まで冷え切ってしまっている体は未だに小さくカタカタと震えていて、唇の色も真っ青だ。
「よし」
拳西はそう言って気合を入れると、ベッドから勢い良く起き上がってそのまま修兵を担ぎ上げる。
「うわぁっ」
「修、風呂入るぞ、あっためてやる」
「えぇっ!?いやいやいいです大丈夫です…!」
「うるせぇ暴れんな!」
さっき入ったばかりじゃないのかだのまだ酒が残ってるのにだの己の上でぎゃんぎゃん騒ぐ修兵をぴしゃりと一蹴して、そのままずんずんと浴室へ突き進んだ。
肩から下ろした修兵の衣服をあれよあれよと引っぺがし浴槽へ放り込むと、シャワーを全開にする。
頭から湯を浴びて喚く修兵に構わず自身も服を脱いでしまうと、拳西はシャワーの角度を調節して修兵を後ろから抱え込む体勢を取った。
修兵は互いに裸で抱き込まれるという事態に気恥ずかしさでなんだかんだと抗議の声を上げていたが、肩から掛かるシャワーの温かな湯と背中に感じる拳西の体温が気持ち良くていつの間にか絆されるようにくったりとその身を凭れ掛けさせていた。
浴室の湿度が上がって行くのと同時に少しずつ湯も溜まって来て、漸く本来の体温に戻り始めた体から強張りが解けていく。
修兵の体温が己にそれに近付いたのを感じてやっと拳西も安心したのか、”はあぁー…”と長く溜息を漏らしながら腰に回した両腕へ力を込めて、今度は拳西が甘えるように修兵の肩口へ額を擦り付けた。
そんな拳西の心中を察して、すっかり元通りに復活した修兵は思わず笑ってしまう。
「心配しなくても、そんな簡単に壊れたりしませんよ」
”確かにちょっと寒かったけど”
そう言って笑う修兵の丸い後頭部を、拳西は軽く小突いた。
「嘘吐け、半ベソだったくせによ」
「んな…っ!誰のせいだと思ってんですかこの酔っ払い!!」
「へーへー悪かったよ」
「棒読み!?」
なんだかんだと軽口の応酬をしつつも、些細な失敗からとんでもない後悔を生む所だったと、拳西は反省をしつつ再び安堵の溜息を吐いた。
薄らと健康的な赤味を帯び始めた肌へ愛おしむように唇を落としながら悪戯をすれば、むずがりつつも嫌がらない修兵が実に可愛い。
少しだけ残る酔いと安堵感も手伝って少し良い気分になった拳西が、”ちゃんと元通りになってるか確かめてやるよ”と、修兵が謂わんとする所の親父臭さを発揮して今度は逆上せさせてお叱りを受けると言う、なんとも情けない事態になるまでそう時間はかからなかった。
―翌日。
「修兵」
「やだ」
「修」
「近寄らないで下さい」
「しゅ…」
「やだ酒臭い」
― END ―