「拳西さん、ちゃんと集中して観て下さいよ…!」

「なんだよ、観てたぜ、面白かったじゃねぇか」

「まぁ、そうですけど・・・」

少し拗ねた口振りでいる割には、なかなか満足そうな顔をしている。
観終わった映画のディスクを取り出そうと、拳西はテーブルに置いてあるリモコンへ横着にぐっと手を伸ばした。
必然的に、足下へ座る修兵の背へずっしりとのし掛かる体勢になる。

「あっ危なっ、カップカップ!」

修兵は膝の上でバランスを崩しかけたマグカップを慌ててテーブルの上へ戻した。
途端、プレイヤーのスイッチを切った拳西の両手が修兵の脇の下へ差し込まれ、そのままぐいっと引っ張り上げられてしまう。

「う、わ・・・っ!」

拳西の足の間へ収まる形で座らされ、慌てて離れようと暴れる修兵を背後から両腕でがっちりとホールドしてしまう。
拳西は眼下の項に鼻先を埋めて深く息を吸い込んだ。
ぴたりと止む抵抗、どうやら諦めたらしい、今日はいつもより随分と聞き分けが良いかも知れない。

「なぁ、修兵、なんでお前あんな時間にあんなとこいたんだよ」

「拳西さんだって…」

「あぁ、眠れそうもなくてよ」

「俺もそうだけど…あの店なら、拳西さんのマンションから近いし…」

修兵はそこまで言って急に押し黙ってしまう。
数秒だけその言葉の意味を考えた後、拳西は目を見開いた。

「まさか、偶然会えるとでも思って来たのか!?」

「っ!!」

肯定を示す修兵の沈黙に拳西は盛大な溜息を吐いた。
確かに、ここからは近いが、修兵の自宅からはそれなりの距離がある筈だ。
連絡も無しにそんな偶然だけを頼りにふらふらと来てしまった己に呆れられたか、はたまた怒られるのだろうかと修兵は僅か肩を落とす。

「お前…会えなかったらただ大人しく帰るつもりだったのかよ」

「それは、そうですけどでも…会えたし」

眉尻を下げながらもそう小さく呟く修兵の声音がなんとも嬉しそうで、己がいかに愛されているのかを不意打ちで自覚させられた拳西は、込み上げるなんとも言えぬ感情を誤魔化そうと目の前の黒髪を乱雑にぐしゃぐしゃと掻き混ぜた。

「わっ」

「なぁ、修兵。そういう時は遠慮しねぇで連絡寄越せって言ってんじゃねぇか」

「でも、拳西さん明日仕事だったらと思って…」

拳西はそう言う修兵の言葉に、もう一度だけ、嗚呼と小さな溜息を漏らす。
そうだ、いつだって遠慮をさせてしまっていたのは自分だったのだ。
忙しさにかまけて幾度も約束を無碍にしては、その度に気を遣わせてしまっていた筈だ。
拳西とて修兵とのすれ違い生活には寂しさを感じていたし、勿論常に会いたいと思う気持ちは修兵と同様なのだ。
ならばもう少しだけ、ほんの少しだろうと時間を作ることは幾らでも出来たことだったのかも知れない。
拳西は修兵の首元へ顔を埋めたまま謝罪の言葉を口にした。

「修兵、今日は悪かった」

「そんなこと!」

「この前も、先週も…先々週もだな…」

「……、…」

唇を真一文字に引き結び無言で首を横へ振りながらも、その手は腹に回された拳西の腕を強く掴んでいる。
矛盾だらけのその行動に拳西の口元が緩んだ。

(器用なんだか不器用なんだか)

思えば一月以上も会えなかったのだ。
久しぶりに感じることの出来た修兵の温もりと匂いに、無性に愛しさが込み上げてくる。
拳西は衝動のまま両腕へぎゅっと力を込めながら、修兵の髪や項へと無数に唇を落としいていく。
時折くすぐったそうに肩を震わせていた修兵が、もぞりと拳西の腕から逃れるような仕草を見せた。

「あ、カップ…片付けて来ます…!」

「いい、置いとけ」

「でもっ」

「修」

言い聞かせるように、でもどこか縋るような一際甘い声でその名を呼べば、強張っていた体の力を抜いてまた大人しく腕の中へ収まる。
暫く背を向けたまま拳西の好きにさせていた修兵が、くるりと振り返ってその膝を跨ぐように向かい合わせで抱き着いて来た。
一度だけぎゅっと拳西の胸板へ頬を押し付けて体を離し、両肩へ手を置く修兵の表情は先まで見せていた頼りないものとは纏う空気をがらりと変えている。

「拳西さん…疲れてますか?」

なんとも修兵らしい控えめなお誘いだが、その双眸は潤みを帯びて微かに弧を描く薄い唇がなんとも艶やかだ。
そんな艶っぽい恋人に膝に乗られて断れる男などいるものか、拳西はニヤリと片側の口角を持ち上げると、己を挟む腿へするりと掌を這わせる。

「そんなもん、とっくに吹っ飛んでる」

挑発的な顔でそう告げてやればなんとも嬉しそうに破顔する修兵に堪らない気持ちになりながら、数週間分の埋め合わせをするべくぴたりと寄り添ってくるその細い腰を引き寄せた。



― END ―


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