ちょっとした嬉しい偶然で久しぶりに上がり込んだ拳西の部屋は、以前修兵が訪れた時と少しも変わらず、それがなんだか嬉しかった。
邪魔だと訴えんばかりに無駄なものを一切排除した空間、だけれど修兵にとっては不思議と居心地の良い部屋だ。
程良く効き始めたエアコンから流れる暖かい空気が、シンプルな空間をゆったりと流れていた。

「適当に座っとけ」

そう促されて、リビングの真ん中にどっかりと鎮座しているソファの前へ腰を下ろしそれを背凭れにして寄り掛かる。
目の前には、部屋の割に大きめな液晶画面とコンパクトなスピーカーが幾つか。
そう言えば最近、大きくはないがホームシアターを買ったのだと言う話を拳西から聞いていた。
観に来いと誘われつつも、なかなかゆっくりと二人の時間を作る事が出来ず今日に至ってしまったので、実際にこれを見るのは今日が初めてだ。
暫くして、キッチンでごそごそと動いていた拳西が白い湯気の立つ大きなマグカップを両手に戻って来た。
カッチリと着込んでいたスーツの上着を脱いで、Yシャツの両袖を捲り上げタイを緩めた出で立ちの拳西に修兵はドキリと目を奪われる。
普段はほとんど互いの休日に会っている為、余り見慣れぬその姿は修兵にとって少々心臓に悪い。
ぼんやりと見上げたまま無意識にカップを受け取れば、怪訝な顔で名を呼ばれてはっとした。

「修兵、どうした?」

「え、あ、ありがとうございます!なんでもないです…」

そう言って手渡されたカップに視線を落とせば、透き通った琥珀色の液体が揺らいでいた。
ふわりと昇る香りから察するに、恐らく紅茶だろう。
日頃拳西は修兵の淹れるコーヒーや紅茶をいたく気に入っているのだと言うが、修兵としては自分のものよりも拳西のそれが一番だと思っている。
鼻腔をくすぐる華やかな香りに自然頬が緩んだ。
慣れた手つきでセッティングを終えてソファーへ戻った拳西が、その足下へ遠慮がちに腰を下ろしている修兵を見て苦笑いを漏らした。

「修、こっち座」

「ここでいいですっ」

振り向きもせずに返された間髪入れずの即答に、また一層苦笑混じりのため息を吐く。

(変な照れ方してやがるなこいつ…)

可愛い奴めと、そんな事を口にすれば確実に拗ねてしまうだろうと、少し赤くなっている耳を見下ろしながらあえて口に出す事は止めておいた。
レンタルビデオ店で会って以来再三緩み切った思考を巡らせている拳西を置き去りにして、刻一刻、映画のストーリーは着実に進んで行った。









意図的に明るさを落とされた室内で、間接照明と液晶の明りだけがぼんやりと部屋を照らしている。

拳西の視線のすぐ斜め右下には、修兵が食い入る様にして前方を見つめていた。

飲みかけの紅茶が入ったカップを、抱えた片膝の上で両手で支えながら真剣に映画に見入っているその表情は、年の割には少し幼い印象を与える。
それでも、チラチラと色を変える映像の光に照らされたモノクロの部屋の中、鈍く反射する紅茶の琥珀色と、紫がかった修兵の瞳の色が濡れたように浮かび上がって、僅かに影を落としたその横顔がやけに色気を帯びて見えてしまう。

もはや映画の内容そっちのけでそんな修兵を見下ろしながら、何処からか拳西の内に沸いた悪戯心、静かに伸ばした手で襟足辺りに掛かる髪をそっと梳いてみる。
サラリと撫でた拳西の指先が、修兵の薄い耳朶を掠めた。
触れられた方の肩をきゅっと竦ませて振り返った修兵は、咎めるように拳西を小さく睨み上げる。
ちゃんと映画を観ろと、そう言いたげな視線を寄越して画面を指差して見せた。
そんな予想通りの反応に気を良くした拳西は、もう一度、弱い事を知っていて次は耳の後ろの薄い皮膚へくすぐるように指先を這わせた。

「…っ!」

びくりと、大袈裟なまでに跳ねた背中。
調子に乗り過ぎたか、今度こそ−観ろ−と言わんばかりの表情で睨まれた上に悪戯をした手の甲をぎゅっと抓られてしまう。

(映画より面白ぇもん見つけたんだけどな…)

流石に三度目は本当に怒られそうだと踏んだ拳西は、物足りないと思いつつも、修兵に倣って目の前の映画に集中することにした。




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