午前0時過ぎ。


平日のこんな時間帯でも、それなりに客が入っている光景は少し意外なものだった。
ひっそりと静まり返った住宅地の一角にある深夜の大手レンタルビデオ店。
辺りの家々がすっかり寝静まる中で、煌々と明りを点けて存在を主張している紺地に黄色の看板はやけに浮いて見える。
此処だけが周りの空間から切り取られている様で、なんだか二次元的で非現実な印象だ。




数時間前。


『悪い、かなり遅くなっちまうから今日は行けそうにねぇ』


仕事の合間を縫うようにしてそう掛けた電話越しに、相手は少し残念そうにしながらも微塵もそれを言葉に出す事はしなかった。
忙しく会社勤めをする拳西の持つ恋人は、年の離れた大学生だ。
とは言っても、まだ社会人でなかろうと相手も忙しいことに変わりはないし、勤め人と学生とではなかなか生活リズムがぴたりと合うことはない。
こんなやり取りは良くある事で、幾つもこうして約束を反故にしてしまいながらも今まで一度だって文句の一つ言われた記憶がなかった。
それへ今回も同様の感謝と罪悪感を覚えながら、心苦しさを抱えつつ黙々と端から業務を片付けてこの時間だ。
やはり隙を見て連絡を入れておいて正解だった。
今から会いに行った所で寝ている可能性の方が高い上、待たせてしまう時間は出来るだけ少ない方が良いだろう。

(今度こそ色々埋め合わせしてやんねぇとなぁ…)

今まで潰してしまった”約束”の数は、今や両手の指では足りないのではないかとさえ思う。
勿論、拳西ばかりが断りを入れている訳ではなく修兵の都合が悪くなってしまった例だってあるのだが、やはりその数は圧倒的に己の方が多いだろう。
そんなことを再三申し訳なく思いながら、また急遽穴の空いてしまった丸一晩を持て余した拳西は帰宅してすぐ眠ると言う気にもなれず、自然とここへその足を向けていた。
ぐるりと周囲を見渡せば自分同様一人客が多いようで、拳西と同じく時間を持て余していると言った風だと見て取れる。
そんな店内の光景を眺めながら、取り敢えず丸一晩暇潰しになりそうな洋画のDVDを物色することにした。

ミステリー、ホラー、ヒューマンドラマやラブストーリーもの、アクションにSFサスペンス・・・。

ジャンルごとに並べられたパッケージの背の細いラベルをザッと目で流しながら、棚を一つ一つ見て回った。
何段にも分けて所狭しとひしめき合う大量のDVD。

(暫く映画なんざチェックしてねぇし、どうすっかな…)

余りに選択肢があり過ぎて眉根を寄せながらうろうろと店内へ視線を彷徨わせていたその先、ほんの一瞬だけ、見慣れた細身の黒髪が拳西の視界の隅を確かに掠めた。

普段はしゃんと姿勢良く伸ばされている背筋を少し丸めて、手に取ったDVDのパッケージをまじまじと見つめている。
何をそんなに真剣に眺めているのか、なんとも絶妙なタイミングで居合わせたその姿に、自然目許が緩んでしまいそうになる。

「修兵」

通路で微動だにしていなかった体がビクリと跳ね上がった。
突如こんな所で名前を呼ばれて驚いたのだろう。
とっさに振り返ったその先、拳西を見つけた修兵は更に驚いた顔をした。

「拳西さん!なんでこんなとこに!?」

「なんでってお前…映画借りに来たんじゃねぇか」

「え、あ!そうか…」

レンタルビデオ店にいながらすっとぼけたことを尋ねる修兵に小さく笑いながら、拳西はさっきから修兵が手に取ったままでいるDVDのパッケージに視線を落とす。
目を引く派手な字体で書かれた、確実に見覚えのあるタイトルだ。
ちょうど一年程前か…今よりは暖かかったから、もう少し最近だっただろうか。
観たい映画が二人共一致して、一緒に映画館へ行こうと約束していたものだった。
結局なんだかんだで忙しくて、互いにタイミングを掴めないまま上映期間が過ぎてしまっていたものだ。
これも、拳西が果たしてやることの出来なかった約束の内の一つに入る。

「それ、借りるのか?」

「あ…新作だって…」

拳西の問いにはハッキリと答えずに、修兵はなんとなくそれへ視線を落としたまま言葉を濁している。
拳西は少し考えた末、未だ修兵の手の中にあるそれを指差した。

「なぁ、それ俺も観てぇんだけど」

たったそれだけ投げ掛けて、修兵に視線を移す。
ほんの少し困ったような顔をじっと覗き込んで、その先を促す様に。
もしかしたら少し意地が悪いかも知れないと、自分でもそう思うが、ちょっとだけ眉尻を下げて何か言い掛けては恐らくこちらの言葉の裏を考えている修兵が可愛くて、つい相手の出方を待ってしまう。

「あ、の…じゃあ、拳西さんも一緒に…」

どうやら伝わってくれたらしい。
チラリと、困ったような、でもやっぱり嬉しそうな顔を拳西へ向ける。

「あぁ、来いよ」

拳西はDVDを手にしているその細い手首を捕まえると、口端を上げて笑って見せた。
修兵の手から品物を受け取ってさっさと会計を済ませてしまうと、店の外へ出た途端今度は修兵の手を取って指を絡ませる。
一瞬慌てたような視線を寄越したものの、深夜の住宅街に人通りがないことに気付いた修兵は、きゅっとその手を握り返した。
それに満足した拳西は、さっきまで感じていた重怠い疲れも忘れ、修兵を連れて自宅へ共に帰るべく真っ直ぐに帰路を目指す。
取りあえず、退屈に過ぎてしまう筈だった深夜の過ごし方は思いがけない良い誤算で決定した。




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -