パラパラとページの捲られる音を聞きながら、修兵はジリジリとした思いで拳西とソレとを交互に見上げていた。
リビングのソファで仰向けに足を投げ出してだらりと寛ぐ拳西の腹の上を陣取り暫くはご機嫌だったのだが、暇を持て余した拳西が手にした一冊の雑誌を目にした途端急激にその機嫌が下降していく。

『スマホマガジン3月号 特集:最新モデル、新鋭機能特集』

今春発売される各社のモデルからオススメアプリから、総合的にスマートフォンの最新事情を取り扱っている情報誌だ。
当然、大手が出しているその雑誌の存在は修兵も知っているし、かつては己だってその特集ページに掲載されていたことだってあるのだ、過去の栄光ではあるが。
だけれど、今まで余り新しいものに関心のないらしい拳西がその雑誌を自ら購入して読むことなど無かったので、その珍しい光景に修兵の胸の内がザワザワと騒ぎ出す。
拳西が何の気も無しに捲っているであろうページには、いかにもスタイリッシュでスマートな最新機器がズラリと並んでいて、主の腹の上で放っておかれながらちんまりと鎮座している旧型の己がまるで見下されているような錯覚に陥ってしまう。
スラリとしたボディの中には、きっと自分の中には備わっていない機能が沢山搭載されているのだろう、そう思うと修兵は急に自分の存在が古臭くて矮小なものに思えてしまって気分がずんと落ち込んでしまう。
もし、このカタログを見ながら拳西が心移りしてしまったらどうしよう、やっぱり新しいものがいいと言われてしまったらどうしよう。
大事にして貰っている自覚はあるし、それ故の根拠のない自信があったお陰で今まで殆ど不安に思っていなかったことが、急に修兵の中でネガティブ要素として膨らみ出す。
しかし、拳西からしてみればそんな修兵の心配などただの杞憂に過ぎないのだが。
買い替える気も破棄する気も毛頭ない上に、今この雑誌を見ているのだって偶にはちょっと良いアップデートでもしてやるか、だとか外装修理してやるか、はたまた何かストラップの一つでも欲しがっているんじゃないかだとか、修兵ありきで思考が回っていることを今の当人は知る由もない。
小さなボディに大きなモヤモヤを抱えていることにも気付かずひたすらその雑誌を読み込んでいる拳西に、いよいよ痺れを切らし始めた修兵は恐る恐る主へ声をかけた。

「…拳西さん」

「おう」

「それ…面白いですか…」

「あぁ?…まぁなー…」

「そうですか…」

「おう」

「…、……〜ッ!!」

心此処に有らずといった返答しか寄越さないまま雑誌から視線を外さない拳西の様子に、ジリジリが限界を突破した修兵は、ボンッと突如人型化して拳西の腹の上へ乗り上げた、

「ぐぇっ!!」

急に人一人の体重に圧し掛かられて潰れた声を上げた拳西の手から件の雑誌を奪い取り、修兵はひょいっとその腹から降りると、一目散に部屋の隅にあるダストボックスの前へ駆け出した。

「ゲェッホ…!!修兵!?びっくりすんだろうが!!」

抗議の声を上げる拳西を振り返りもせず、修兵はしゃがみ込みながら最新機器の特集ページだけをベリベリと器用に剥がし取り、ぺいっとゴミ箱へ葬ってしまった。

「あ、何してんだお前!!」

「だって拳西さんが…!!」

そう必死な声で訴えながら一部分だけごっそりと抜け落ちた不格好な雑誌を胸の前で抱えて振り向く修兵の顔を見て、拳西は呆れたような苦笑いを浮かべてふっと息を吐いた。
大方自分が買い換えられてしまうのではないかと危機感でも持ったのだろう、修兵の考えている事など主である拳西には手に取るように分かるのだが、当の本人は必至な形相で薄らと涙すら浮かべている勢いだ。

「あのなぁ…」

機種変更する気なんざそもそもないのだと、そう修兵に言い聞かせてやろうとした拳西の言葉を遮って、修兵が”あっ!!!”と大きな声を上げた。

「?…なんだ?」

「拳西さん!!!コレ…ッ!!」

何を見つけたのか、自分で破り取った特集ページのそのまた次の特集ページを指差して、先まで不安でベソをかきかけていた顔を輝かせながらこちらを見ている。

「…スマホアクセサリー…カタログ…?」

示されるままにその文字列を拳西が読み上げれば、修兵がコクコクと頷いた。
泣いた鴉がとは良く言ったもので、どうやら今は新しいスマホカバーやらイヤホンジャックやらが気になっているらしい。
とは言え、修兵からしてみればそれそのものに特別関心があるとか物欲が動いたとかそういう訳ではなく、装飾だけでもリニューアル出来れば飽きずに持っていて貰えるのではないかと言う苦し紛れの安易な考えが浮かんだだけなのだが。
でも、指差したページに掲載されているカバーのデザインはたまたま修兵好みで、確かにちょっとだけ欲しいと思ってしまったのも事実だ。
いつも身に着けている紫一色のシンプルなソフトカバーも、拳西が選んでくれたものだから勿論気に入ってはいるのだが、これはどうだろう、拳西は気に入るだろうか。
修兵が食い入るように見ているのは、紫と闇色のグラデーションの月夜に蝙蝠が舞っているデザインのもので、ハロウィン然とした仕様は少々時期外れかもしれないが、その色味を一目で気に入ってしまった。
ちなみに、セットになっているゆらゆら揺れる蝙蝠のイヤホンジャックもなんだか可愛い。
それを覗き込んだ拳西は、ほう、と珍しげな反応を示しているので、嫌いというわけではなさそうだ。

「これ…欲しいのか?」

拳西の言葉に、パッと顔を上げた修兵はじーっと訴えるように拳西の顔を凝視した。

「う…あの…」

「…買ってやろうか?」

「ほんとですか!!?」

やったー!!と、さっきまで泣きそうな顔をしていたのは何処のどいつだと言わんばかりの勢いで飛び付いて来た。
それを受け止めてやりながら、まあこれ位で機嫌が直るならば安いものだとその頭を撫でてやる。
この歳の男が持ち歩くには些かポップ過ぎるのではないかとも思ったが、それ程派手な色味でもないので大目に見てやることにする。
人型で抱き着いて来たかと思えば次の瞬間にはサクッと小型化して、早速ネットの注文画面を映し出してうずうずし出す修兵に呆れた苦笑いを零しながら、たまの小さな我儘を叶えてやるべく画面をタップした。




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