容量オーバー。
いつもの2倍以上の稼働率を強いられてゴゥンゴゥンと怪音を立てる。
そこで救いの手を差し伸べないのは彼らの旺盛なチャレンジャー精神故かどうか。

ガレージ内に轟いた怒声と悲鳴はその結界をも突き破らんばかりに響き渡った。



ランドリー



現世駐在任務。
少し前まであちらでの業務より遙かに労力を要していたそれは、あまり気の進まないものだった。
能力の制限をされている上に、必要に応じて使用する義骸の窮屈さにはいつまで経っても慣れる事がなく、何より現世はあちらよりもごちゃごちゃとしていて決して居心地の良い物ではない。
修兵にとってはそんな印象だった現世への任務も、たった一人の人物のお陰で随分とこちらへ向かう足取りが軽くなった。
100年前に唐突に姿を消し一方的な別れのまま会う事の叶わなかった六車拳西を含む当時の隊長格の面々と、紆余曲折を経て再会を果たしてからだ。
現世での数日間の任務要請がある時には、修兵は必ず寝泊まりを兼ねて彼らの元を訪れている。
何かと居候や物置に使われている死神代行の自室では、上背のある修兵では寝泊まりを求めるのに少々手狭で、何より既にルキアが頻繁に出入りをしている為居座る訳にも行かない。
それを差し引いても何より修兵自身が拳西へ会いに行く事を、任務を別として一番の目的にしているのだ。
この日も彼らが生活エリアとしている八絃の結界に覆われたガレージへ訪れていた。
外観は寒々しい倉庫そのものだが足を踏み入れれば存外居心地は良く、各々の私室も設けられていれば、生活をするのには全くと言って良い程支障の無い程度にまで環境は整えられていた。
どれも一重に、見てくれに反する拳西の家庭的でマメな一面やローズの几帳面さと潔癖性の賜物だと言える。
とは言え半ば共同生活を送っている様な物なので、雑事全般をこの二人だけに押し付けてもおけず当番制という形を取っているらしかった。

今回はそれが仇に成ったのだ。

「何さらしとんじゃこのハゲェ!!んなもん突っ込んだらぶっ壊れるに決まっとるやろ!せやからそのぺったんぺったんな脳味噌よう使え言うとるんやボケェ!!」

「ハゲ言うな!うっさいのう、俺が突っ込んだんとちゃうわ!白に言え!!」

「えぇ〜だってぇ〜入ったんだもーん」

「せやかてそのまんま回す奴がドコにおんねん!!!」

「「ここ」」

「クソガキ共…!」

ギャンギャンと鬼の剣幕で説教を食らわされながらも全く悪びれる様子のない真子と白に、ひよ里は常の比に無く盛大な青筋を浮かべていた。
正座をさせられている真子と白の後ろでは、容量オーバーの洗濯機が怪音を立てながら痙攣している。
葬られた洗濯機に白が突っ込んだものは、大判のタオルケット(ショッキングピンク)、…プラス真子が突っ込んだテーブルクロスと大量の洗剤…プラスアルファ。
各々は薄手と言えどそれなりの面積があるそれらはなかなかの重量で、ドラム缶いっぱいに詰められたタオル地は水を含んで膨張し、哀れ洗濯機を窒息させた。
季節は冬に近付いている。
毛布に代わりほぼ出番の無くなったタオルケットは、クローゼットの隅に追いやられ忘れられていた。
日頃片付けをしない白が拳西に怒られて渋々自室の掃除をしていた時に見つけ出したそれを、そのまま突っ込んだ結果がこれだ。

「ん〜おっかしいなぁ〜」

「おかしいわけないやろ!そもそも限度っちゅーもんがあるんや!!」

「おいひよ里あんまデカイ声出すなや、拳西が起きてもうた、ら…あ…、」

怒声をガレージに轟かせながら喚き散らすひよ里の口を塞ごうと慌てて立ち上がった真子が口を開けて固まる。
ひよ里の背後で、明らかに寝起きで気怠そうな拳西がのっそりと自室から顔を出した。

「お前らうるせーぞ。修兵がまだ寝てんだ、起きちまうだろ。…っておい、なんだそれ」

「白が!!」
「真子が!」

背後で泡を吹き出す傾いた洗濯機を拳西の視界から庇うようにして、お互いの顔をビシィッと指差す。
それも虚しく瞬時に状況を把握した拳西が、見る間に青筋を立てていく。
ひよ里に説教を食らっていた時と同様どっちもどっちな言い訳と口論を始めた二人に、寝起きで不機嫌三割増しだった拳西の雷が直撃した。



* * * * *



「あの、拳西さん、どこ行くんですか?」

籠と袋一杯に詰め込まれた洗濯物を二人並んで抱えながら歩く。

あの騒ぎですぐに目を覚まして来てしまった修兵は、寝起きで状況も分からないまま、拳西に顔が隠れる程厚手のマフラーをぐるぐると巻かれ連れ出された。

「コインランドリー」

「?」

「行きゃ分かる、あいつらに任せたらまた面倒な事になるからな」





「へぇ、現世ってなんでもありますね」

「まぁな」

無人の室内に規則的に並べられた丸い窓付きの大きな機械に、次々と大量の洗濯物を放り込んでいく拳西を眺めながら修兵は感嘆の息を吐いた。
手際良く作業を進めていく拳西の手元から時折いかがわしいデザインの際どい下着が見え隠れしているのが非常に気になるが、持ち主の予想は容易についてしまう為敢えてそれには触れる事はせず修兵はどこか気まずそうに視線を余所へ逸らした。



* * * * *



気を抜くと目が回ってしまいそうだと思った。
布の集まりが絡まり合って時計回りに半周してはてっぺん過ぎでバサリと落ちるリピート動作。
なんとなく、ひたすらそれを眺めていたら気持ちが悪くなって修兵は視線を床へ落とした。
裏通りに面したコインランドリーにしては小綺麗で、拳西曰く「潰れかけてたクリーニング屋が潰れたその後」らしかった。

程良く陽の当たった室内、壁際に待合い用の長椅子が3つ
、5つのランドリー、その隅。

規則的な回転音にゆらりとする意識、と、


違和感。


「ちょ、拳西さんこれ!」

「手」

「見れば分かります」

「嫌か?」

「いやそういうんじゃなくって…!」

平日の昼過ぎ、しかもこんな場所にあまり人が通らないこと位は修兵にも分かる。
それでも、小さなコインランドリーで洗濯物を眺めながら並んで手を繋いでいる男二人など違和感以外の何物でもないわけで。
座る間際、さり気なく取られ組まれた左手は未だ拳西の膝の上だ。

「いいだろ?偶にはこんなのも」

「い、いいとか悪いとかじゃなくて、誰かに見られたら…!」

「でも、振り払わないじゃねぇか」

言って、繋いだ手を修兵の目の高さまで持ち上げて拳西は不適に口角を上げる。
拳西にそんなことを言われてしまっては、振り払う事など出来る筈がない。
羞恥で血の上った顔を隠そうとして、修兵の顔が半分マフラーに埋まる。

「普段なかなか出来ねぇ事だろ、会えた時にこうやって消化してくのも悪かないと思ってな、お前は違うのか?」

「だからってあからさま…」

「流石に出来ねぇだろう、俺はしてもいいけどな」

「な、拳西さん!」

街中や人前で手を繋ぐ、腕を組む、兎角普通の恋人同士ならば自然な行為とされる筈だ。
だからと言って特別それをしたい訳でもないし、例え相手が違っていたとしても修兵自体そうする事が必ずしも好きな訳でもない。
それでも、当然を許されない事に対して負い目を感じていない訳でもないのだ。
それに拳西が相手では、全く話も変わってしまう。
だから、ずるいんだと思う。
時折色々な事を考え込んでは悶々とする。
決して表に出してなどいないつもりでも、この人はこうして汲み取って一つずついとも簡単に解いていく。
拳西らしい骨張った大きな手を、修兵は少しだけ強く握り返した。
満足そうに笑う拳西が視界の隅に映る。

マフラーに顔を埋めていたせいで若干の酸欠。
ぐるぐると回り続ける洗濯機。

微睡む。

「修、眠いか?」

「いえ…」

「いいぞ、寝てろ。まだ掛かるからな」

「ん、大丈夫…」

そう言いながら背凭れを滑り少しずつ下がっていく背中。
今の所、通行人はふらりと姿を現して去って行った黒い野良猫一匹だ。
拳西は左肩を預けていた壁に背を向けて修兵を抱えながら長椅子に足を投げ出すと、既に微睡に入っていた修兵を凭れさせて支える体勢を取った。
意識は無くとも離れない手にもう一度微笑をしてそっと解き、自分が着ていた上着を掛けてやる。
昨晩は随分とゆっくり寝かしつけたつもりでいたが、激務の延長上で冴えていた修兵の脳になかなか深い眠りが訪れていなかったことには気付いていた。
予想外の事態で連れ出してしまったことを少々申し訳なく思いつつ、思いの外穏やかな寝顔をマフラーに掛かる髪を撫でながら眺める。
洗濯終了までまだもう少し。
指先で前髪をよけて晒された額に唇を落としてから、拳西は備え付けのラックから雑誌を手に取り、自分の胸の上で丸まっている修兵の背中を借りて終わりの電子音が鳴るのを待つことにした。



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