コキリと、書類仕事で固まった肩を回しながら時刻を確認する。
そろそろ上がろうかと拳西がその旨を告げるより先に、三席がお疲れ様ですと声を掛けた。

「隊長、もう上がって下さい」

「あぁ、悪いな、先に帰らせて貰うわ」

「はい、そうしてあげて下さい。副隊長、絶っ対死ぬほど暇持て余してますから」

そう言う三席の言葉に割り込んで、四席が“そうですよ!”と割り込む。

「副隊長、非番だってのに電話寄越してきたんですよ!一回で諦めてましたけど」

困ったもんです、そう苦笑を漏らす二人の言葉に拳西は呆れたような溜息を吐いた。
大方予想はついていたが、余りに期待通りでここまで来ると笑ってしまう。
来ても追い返しますけどと言う三席の言葉にまた笑って、後は頼んだ、そう告げて拳西は誕生日に盛大に暇を持て余しているであろう恋人の元へ向かうべく帰路を急いだ。















がばっと、弾かれたように腕だけで上体を起こして、修兵はキョロキョロと辺りを見渡した。
部屋の中の時計を見れば時刻はまだ昼の三時前で、それ程長くは眠り込んでいなかった事にほっとしてまたぱたりと床へ突っ伏す。
風が気持ち良くてあれからうっかり寝てしまったのだろう、変な体勢で寝ていたせいで体の節々が少々固まってはいるが、久し振りに昼寝というものをしたおかげかさっきまでの体の重さは大分軽くなっていた。

(…なんだかんだ、ほんとになんにもしなかったなー……)

起きて、ぼーっとして、食べて、ぼーっとして、寝て、文字通り怠惰を形にしたような休暇を過ごしている自分に未だ違和感は拭えないが、半日でようやく慣れてはきたかもしれない。
ごろんと、仰向けに寝返りを打って、またぼーっと庭へ視線を投げる。
中途半端な時間に眠りこけてしまったせいでなかなか頭が覚醒しない。
だけれど、やはりそこは修兵だ、長年染みついて来た性分故か、庭で風にはためく乾き切った洗濯物を見てうずうずと体が疼き始める。
そろそろだろうか、ならば拳西が帰って来る前にせめて洗濯物くらいは取り込んでしまおうと、投げ出していた身を起こして草履を突っ掛けた。
下帯に着物に手拭いに、拳西が丁寧に洗って干した洗濯物はキリッと乾いて太陽の匂いがする。
嬉々として一枚一枚竿から外していく修兵の肩へ、ずしっと、重みが掛かって驚きの余り声も出せずに固まった。

「!!?」

「おい、何してんだ」

耳元で囁かれた低い声に、修兵はぎぎぎ、と軋む音を立てながら振り向く。

「け…拳西さ…!いつの間に…!」

「おう、霊圧消して瞬歩だ」

「なにそれ無駄遣い!びっくりするからほんと…!!」

「で、何してんだ?」

威圧感たっぷりにそう言われて、修兵は洗濯物を握り締めながらキョロキョロと落ち着きなく視線を彷徨わせた。

「…えっと…洗濯物が乾いてて…」

「おう」

「取り込んで…」

「で?」

「畳もうかと思って…」

「…で、まだなんかあんのか?」

「夕飯の支度とか…どうしよっかなって…イタァッ!!!」

バチンッと、鈍い音を立てて拳西のデコピンが修兵の額のど真ん中へヒットする。
痛みに赤くなった額を擦りながら拳西を見れば、ヒクリと、青筋を浮かべた鬼の形相でおぞましい笑顔を浮かべていて、修兵はははっと笑って誤魔化しながら頬を引き攣らせた。

「お前なぁ…あれだけ俺が言い聞かせて出ただろうが。まさか他にも動き回ったりしてないだろうな」

そう凄む勢いで問い詰めれば、涙目になりながらもこくこくと頷く修兵に嘘ではない事を察して、拳西は修兵の手にしているものを奪ってしまうと、左肩に洗濯物、右肩に修兵を担ぎ上げて家の中へ入っていった。

「ぎゃあっ!!」

ぺいっと、修兵を畳に放り出し、洗濯物もその辺へぽいっと放ってしまう。
腰を擦って痛がる素振りを見せる修兵の前へどっかりと腰を下ろして胡坐になると、拳西はほらと両手を広げて来い来いと手招いた。
それを見た修兵は一瞬うっと躊躇った後、そろそろと畳を這いながら近付いて、両足で拳西の体を挟み込むようにして乗り上げながら向かい合わせにぎゅーっと抱き着く。

「…ごめんなさい」

そう言ってシュンと項垂れる修兵に、ぽんぽんと背を叩いてやりながら拳西は困ったようにふっと笑った。

「別に怒っちゃいねぇよ。ゆっくり休めたか?」

コクリと、肩の上でしっかり頷く気配がする。
確かに、まだ半日だけれど、仕事の事を殆ど考えずだらだらして、頭と体の両方を休められた事は確かだ。
おかげで今は随分と身体が軽い。
とにかく、ぼーっとして、拳西の豚汁をおかわりして、ぼーっとして、縁側で寝落ちしたのだと、ひたすらぼーっとしていたと言う報告に、拳西は一先ず満足そうに頷いた。

「よしよし、やれば出来るじゃねぇか」

何もしなかった事を褒めるのもなんだか可笑しい話だが、修兵にとっては休むことも仕事なのだと、そう教え込めただけでも随分な成果だ。
そんな達成感とだらりとしている修兵が珍しいのとで、拳西はなんだか面白くなってしまって、昔やっていたようにゆらゆらと体を揺らしてあやすように修兵の背中をぽんぽんと叩いた。
しばらく気持ち良さそうに身を委ねていた修兵がふと体を離すと、眉尻をへにゃりと情けなく下げながらチラリと拳西を見やって俯く。

「…俺、甘やかされ過ぎてダメな奴になるかも……」

そうぼそりと呟く修兵の顔には、恐らくうつ伏せで寝ていたのであろう板間の跡が頬に赤く残っていて、それがなんだか余計に情けなく見えて拳西は思わず噴き出してしまった。
拳西には甘える仕草を見せていても、なんだかんだでこうも萎れている修兵はなかなか見られない。
いつもの凛とした副隊長はどこへやら、今日はなんだかふにゃふにゃで、それが堪らなく可愛かった。
この仕事人間に休息を取らせることが目的だったが、これは拳西にとって思わぬ副産物だ。

「ははっ、たまにはいいじゃねぇか、ダメになっちまえ。どうせ続きゃしねぇんだから」

「うぅ…っ」

言い当てられて口を噤む修兵にまた笑えば、ぎゅーっと抱き着いて来る力が強くなる。

抱き付かれるのは良いが、とりあえず、修兵を甘やかすには己が働けと言うことで、拳西は残りの洗濯物を取り込んでしまおうと一度引き剥がして腰を上げた。
一言“手伝わなくていいから座ってろ”と、そうしっかり念を押して手拭いやら何やらを掻き集める。
庭で作業をしている拳西を何やらそわそわと目で追っていた修兵は、拳西が戻るや否や、乾きたての洗濯物を畳もうとそれらを仕分けする広い背中へ待ってましたとばかりにべったり貼り付いた。
どうやら、ようやくこの甘やかされ休暇を享受しようと言う気になってくれたらしい。

寝起きの修兵の体温に引っ付かれるのは真夏にはなかなかに暑かったが、甘えられているこの状況は悪くはないので好きにさせてやる。
器用に洗濯物を畳んで行く拳西の手元を眺めながら、修兵は今日起きた大したことのない些細な出来事をぽつりぽつりと零していった。

向日葵がまた一つ満開になりそうなこと、暇過ぎて蟻の行列を眺めていたら三十分も経っていたこと、庭でぼーっとし過ぎて頭に蝶々が二匹も止まっていたこと、豚汁に余っていた生姜をすり下ろして入れてみたらそれも美味しかったこと。
他にも、こっそり連絡を入れた三席と四席に問答無用で切り捨てられてちょっと寂しかったこと、飛んできた雀につい話しかけたこと、いつも来る猫にあっさりフラれたこと。

それを聞いた拳西は再び噴き出すと、部下は愚か雀や猫にまで軽くあしらわれてへこんでいる修兵を想像して、なかなか治まらない笑いにくっくっと肩を揺らし続ける。
初めは少し拗ねたような口ぶりで話していた修兵も、笑っている拳西の振動が背中越しに伝わって来て、なんだかそんなしょうもない事ばかりしていた自分が急に可笑しくなってしまって、同じように肩を揺らして笑い始めた。
修兵の半日ダメ人間の話を聞いて互いにひとしきり笑いながら、拳西は洗濯物を畳み終えてしまうと再び修兵の方へ向き直って手招く。
少々遠慮がちにくっついて来たさっきまでの様子はどこへやら、がばっと飛び付いて来た修兵の思わぬ勢いに押されて、仰向けに倒れながらその体を受け止めた。
満足そうに拳西の胸板に重なって落ち着いてしまっている修兵の頭をがしがしと撫でる。

「んー…落ち着く…」

「そうかよ。たまにはいいだろ?こんな誕生日も」

「はい、ありがとうございます」

「礼はまだとっとけ。晩飯豪華だから期待しとけよ」

「あ、やっぱり?実はちょっとそうかなって思ってました」

「…お前、あの戸棚漁ったな?」

台所の片隅、拳西がいつも酒を保管している専用の戸棚の奥。
仕事を求めて家中を探し回っていた時偶然見つけてしまった、いつもならば食卓に並ばないような高価な酒が一本、それも修兵がずっと気にしていた大吟醸だ。

「なんだよ、驚かせてやろうと思ったのにお前は…」

「偶々ですって!!でも嬉しいです、夕飯楽しみにしてますね」

人がせっかく隠しておいたのにと、拳西が寝跡のついている修兵の頬をぐにぐにと抓るも、なんだか嬉しそうにしているので喜んで貰えているのならばもうどちらでもいいかと思ってしまう。
やっぱり今日の修兵はふにゃふにゃのへらへらだ、実に可愛い、そう思えば、拳西の中でむくむくとこれまた実に正直な欲求が湧き上がり始める。

「なぁ修兵…」

のほほんとした空気を遮って、拳西は己に重なっているその耳元へ唇を寄せながら艶めいた低音をそこへ流し込んだ。
ひくりと、修兵の薄い肩が跳ねる。

「飯食って、酒飲んで、風呂も入れてやるよ。なんでも全部、今日は俺がやってやる」

あからさまに含みを持たせた拳西の台詞に良からぬ想像が脳裏を一気に過ぎってしまって、修兵はぶわりと顔中へ熱を昇らせる。
真っ赤になった耳を見て、意図が伝わったと踏んだ拳西は満足そうに口端を吊り上げた。

「…拳西さんの声卑怯」

「は、悪くねぇだろうが」

「ほんとズルい……でも…」

そう言って、修兵は未だ熱の引かない顔をゆっくりと持ち上げる。
じっと拳西を見下ろしてくるその目の中には微かな情欲が奥底に燻っていて、ほんのりと染められた目尻の色っぽさに思わず息を飲んだ。

「それなら全部、お願い聞いて貰おうかな…」

先とは一変、艶やかに弧を描いた唇を拳西の胸元に寄せて、柔らかいそれを押し付けながら強請るように素肌へちゅっと口付けた。

(……ズルいのはどっちだよ…)

そう胸の中でひとりごちて、修兵を抱えながら勢い良くがばりと体を起こした。
ぐるんと急に反転させられて驚く修兵を軽々と横抱きに抱え上げながら、拳西はずんずんと部屋の奥へ進んで行く。

「うわっ、え、なに!?」

「予定変更だ、先に風呂にする、お前が悪い」

「なんで!?」

「隅々まで洗ってやるから安心しろ」

「いやちょっと安心の使い方違うからなんかおかしいからっ!!て言うか下ろして!下りる!」

恥ずかし過ぎると喚く修兵を軽々と抱えたまま、拳西は構わず目的の場所に一直線だ。

ぎゃあぎゃあと騒ぐ修兵の顔中に口付けを落として宥めながら、さて明日の午後までまだあと一日分残っている休暇でどう修兵を甘やかしてやろうか、それだけを考えながら、この上ない上機嫌で浴室の扉を開け放った。




HAPPY BIRTHDAY SHUHEI !!!!!




― END ―




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