「ハテ、キミは私を馬鹿にしているのかネ?」

日頃ならば暑苦しい程のデカイ図体が、一人の男を前にして縮こまっている。
普段から千切れんばかりにせわしなく振り回されている尻尾がシュンと項垂れ、頭上に生えている両耳はぺたんと折り込まれてしまいそうな程だ。
そんな錯覚を見せる程、阿散井恋次は今無言の圧力に打ち負かされながら背水の陣に立たされていた。


定期考査が終了して二日目以降、各教科の授業で答案用紙が続々と返却され始めている。
科学の答案が返却されれば全教科の結果が全て揃うというこの最後の最後で、科学教師の涅マユリが教壇の前に直立する恋次の顔を顎に手を当てながら下から覗き込んでいた。

(怖!顔近!怖・・・!!)

クラス中の生徒が、おののく恋次に全力で哀れみの視線を送っている。
爬虫類の様な目でキョトリと見つめてくる涅に、恋次は全身から冷や汗を吹き出して固まった。

「フム、まあいいヨ、ワタシの講義を受けておきながらこの点数を取る度胸だけは認めようじゃないか。補修を受け給え、直々に個人講義をしてあげようと言っているんだ、みっちりね、なんだいその顔は、素直に喜び給えヨ。因みに、放棄の権利など与えられていない事は良く肝に銘じておくんだネ」



(赤点取った俺の馬鹿ァァッ!!!)









いつもならば人もまばらな職員室前の廊下が、この日ばかりは少々騒がしい。
生徒達が覗き込む様にしながら落胆や歓喜の声を上げたり揶揄したり、各々のリアションを取りながら去っていく。
修兵や恋次、一護達も例外になくそれを目当てに職員室前に並んで紙切れ一枚を覗き込んでいた。
生徒達が集まっている廊下側の壁に貼り出されているのは、
『中間考査上位順位者一覧』だ。

「ちっ、また石田がトップかよ」

「フン、当然だ。君は相変わらず万年5位じゃないか」

目の前へずんと立つ恋次を邪魔そうにしながら後ろから覗き込んでいた石田が、眼鏡の縁を光らせながら一護の舌打ちに嫌味を返す。

「うっせーな!毎回毎回上の奴らの頭ん中がどーかしてんだよ!俺だって僅差だ、僅差!」

「ほう、それは僕へ対する褒め言葉と受け取っておくよ」

「違ぇよ!!腹立つなお前!」

背後でギャンギャンと言い合っている一護と石田なんぞ構いもせず、科学の授業が終了してからずっと青ざめている恋次の横で、何故か修兵も同じ様に顔から血の気を引かせていた。

「なんだよ、修兵6位じゃんか、嬉しくねぇのかよ」

「いや、そうじゃねぇ・・・そうじゃねぇんだ・・・」

張り出されている順位表の上から六番目に己の名前があるにも関わらず、最下位でも取ったかの様な顔をしている。
思えば修兵も科学の授業の最中から様子がおかしい。
教壇を前にして口から魂を吐き出しかけていた恋次にいつもの茶々を入れるどころか目もくれず、返却された科学の答案用紙を握り締めながら愕然とした顔をしていたのだ。

「うえ、もしかして修兵も赤点取ったのかよ・・・」

まるでさも恐ろしい事を口にするような声音で一護が修兵に訪ねる。
違うのだと否定をしようと振り向いた修兵の顔が、一護の背後に立つ人物に視線を奪われてカチンと固まった。

「え・・・」

背後の不穏な陰に気づいた一護が恐る恐る振り返った目の前に、科学教師の涅マユリが無表情で直立していた。

(!!!気配がねぇ・・・!!)

反射的に恋次の陰に跳び退いた一護に構いもせず、涅は振り返れないでいる恋次の肩にぽんと手を置いた。
一護と修兵の頬が同時に引きつる。

「阿散井恋次」

((フルネームゥゥウ…ッ!!?))

「君は何をしているのかネ?ハテ、補修は今日からだと言った筈だが、下校にはまだまだ早いヨ。このまま科学準備室に来るとイイ、もう準備は出来ているんだ、あまり無駄な時間を取らせるんじゃないヨ、来給え」

(((ナニの準備!?どんな準備ィィイ!?)))

サラサラと頭のてっぺんから灰と化してしまいそうな恋次の肩をぎりりと掴んだまま涅は首だけで修兵へ向き直り、冷や汗を流しているその顔を覗き込んだ。
ピシリと完璧に整えられた青い髪を眼前にして、修兵は恋次の陰に隠れようとしている一護の制服のベルトを、助けを求める様にがしりと掴んで引っ張る。
完全に腰の引けている一護が、青ざめながら酷く迷惑そうな顔で修兵を見返して無言でぶんぶんと首を横に振った。

「檜佐木修兵、たった一点されど一点だ、今回は見逃しておくがネ、次は頑張り給え。

死 ぬ 程 ネ 」

「ハ、ハイ・・・!!」

(俺、今死ネル・・・!!)

そのままズルズルと連れられていく恋次の背中を、その場に取り残された二人は哀れみと恐怖の視線を投げながら見送った。




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