実はこれを一番作ってみたかったのだと、そう言って修兵は綺麗に放射状の切れ込みが入った黄金色の丸いパイをテーブルの真ん中へ置いた。
"王様のケーキ"だと、そう修兵の言う名称に相応しく、パイの上には紙で作られた金色の王冠が飾られている。
紋章が幾つも連なって出来た王冠はペーパークラフトの割に精密で良く出来ていた。

「それ阿近さんに作って貰ったんですよ」

「へぇ、器用なもんだな」

「修が絵心ねぇからな」

「そんな事ないから…!」

修兵は失礼な阿近の言葉に声を荒げながら、その王冠をひとまずよけて慎重にナイフを入れる。
パリパリと良い音を立てて大き目に切り分けられたそれを受け取れば、ほのかにアーモンドの香ばしい香りがした。
鼻腔をくすぐる香りの通り、甘さを抑えたアーモンドクリーム入りのパイはサックリと焼き上げられていて、これだけ甘いものが続いていてもすんなり食べ切れてしまいそうだ。
美味い美味いと言いながら食べ進めればニコニコと頬を緩めている修兵の表情に、より一層その美味しさが増すと言うもので。
半分ほど食べた所で、カツンと、フォークの先に何か硬いものが当たる感触がして拳西は首を傾げた。

「なんか入ってんのか…?」

「あ!見付けました?」

楽しげに眼を輝かせる修兵にその"何か"の周りを少しずつ取り崩していけば、皿の上へ小さなものがコロンと転がった。

「なんだそれ」

不思議そうな顔で阿近もそれを覗き込む。
拳西がフォークの上に乗せたそれをまじまじと見れば、陶器で出来た小さなオモチャのようで、恐らく雄のライオンであろうと思われる鬣が見て取れる。

「「…?」」

二人同時に"?"を浮かべた顔を向けられてふっと笑うと、

「フェーブです」

そう言って修兵はこのパイの説明を始めた。

ガレットデロワ=王様のケーキ
本来は新年を祝う祭礼用の焼き菓子で、パイの中に隠されたフェーブと呼ばれる陶器の小さなおもちゃを当てた人がその日の王様になれると言うものだ。
そうしてその王冠を手に入れた人は、一年をまた幸福に過ごせるとも言われている。

「本当は誕生日用のお菓子じゃないんですけど…これ見た瞬間どうしても拳西さんの顔が浮かんじゃって」

だからフェーブも拳西のイメージでライオンを選んだのだと言う。
威風堂々と鬣を靡かせるライオンは確かに拳西のイメージにぴったりかもしれないが、いささか目付きが悪いような気もする。
それに気付いた阿近が確かに似てると吹き出したので軽い拳骨を入れてやった。
そんなやり取りを見て笑っていた修兵が傍らによけていた王冠を手に取り、おもむろに拳西へ近付く。
そうしてそのまま拳西の膝の上へ乗り上げ向かい合わせに跨ってしまうと、その王冠を本日の主役へ被せて笑みを浮かべた後、ちゅっと鼻先へ弾むような口付けを落とした。

「だから、今日の王様は拳西さんですよ」

程良く回っているアルコールでほんのりと頬を染めている上機嫌な修兵はそれだけでなかなかの破壊力を持っているにも関わらず、狙っているのか天然なのか、ほぼ後者だろうがこのあざとさはなんとも毒だ。
阿近作の王冠を被る拳西はその精悍な相貌と貫禄故かなかなかに似合っていて、修兵は拳西の首に両腕を回しながら満足げに眺めては王冠やこめかみに口付けを落としてイタズラをした。
暫くは好きにさせていたものの、そんな修兵を目の前にして拳西がそれだけで済む筈もなく、つまらなそうに酒を飲みながら眺めていた阿近にアイコンタクトを送れば下げられていた口角がニヤリと上がる。
くるりと、修兵の体を反転させて後ろから抱き込めば、正面ににじり寄った阿近が修兵の腰元へ跨って完全に前後から挟み込む体勢を取ってしまう。
暴君にサンドイッチにされた修兵はあれ…?と言う表情を浮かべて固まったまま、楽しげに口端を上げている二人の顔を見上げた。

「え…?」

こういう時だけ絶妙な連携を見せる二人に鮮やかに組み伏せられて、前後から伸びる四本の腕に絡め取られる。
食べられてしまいそうな勢いで背後から拳西にガブガブと首筋を甘噛みされて体を震わせる修兵の素肌を、阿近は正面からするりと撫でながら甘い香りの残る鎖骨に鼻先を埋めてペロリと舐め上げた。

「ぁっ、ちょ…っと待っ…!」

「修、王様の命令は?」

「絶対だろ?」

「…嘘ぉ!?」

百獣の王よろしくギラリとした目に捕らわれて、ヒクリと頬が引き攣る。
ゆっくりたっぷり丸一晩、格別のデザートとしてこの日何より美味しく食べ尽くされてしまった修兵が、拳西にとって一番のプレゼントになったとかならないとか。





― END…? ―
















after...




ふらりと、浮き上がった意識にゆっくりと瞼を開く。
覚醒しきらないまま目だけで周囲を見回して、ベッドサイドに置かれた王冠が視界に入って拳西はふっと口元を緩めた。

”王様の命令は絶対”

なんだかんだで昨夜は随分と従順な修兵を見られたものだと、拳西はつい数時間前までの事を思い出して満ち足りた表情で口端を上げた。
腕の中に視線を落とせば、くったりと疲れ切った修兵が己の胸板に擦り寄り未だ気持ち良さそうな寝息を立てている。
取り合うように修兵を囲ったまま寝てしまっていたようで、こちらにまで乗っかっている阿近の足が重くてどうにか蹴り出そうとするもなかなか強情だ。
しかし、ごそごそと自分を間にして攻防戦を繰り広げられていると言うのに、修兵は一向に目を覚ます気配はない。
二人から挟まれている窮屈さに起き出してしまいそうなものだが、それどころか穏やかに口角が上がっている所を見ると何か良い夢でも見ているのだろうか。
幸せそうな寝顔に誘われるまま頬や額へ口付けを落としていれば、未だ昨晩の甘い香りが残っているようで、思わず襟足の辺りに顔を埋めてすっと深く息を吸い込んだ。

(あー…甘ぇ…)

柔らかな甘い香りと少し高めの体温が心地良くてしばらくそうしていれば、くすぐったくても前には拳西後ろには阿近で思う様に身動きが取れないのか、微かに眉間へ皺を寄せながら修兵の意識もゆっくりと浮上した。

「んー……」

ぼんやりと開かれた視界に片肘を付きながらこちらを見下ろしている拳西の姿を映して、修兵はくぁと一つゆったりとした欠伸をすると、もぞもぞと引っ張り出した腕を回して自分を囲う逞しい体に巻き付いた。

「おはようございます…」

「おう、まだ寝てていいぞ」

「……起きる…」

そう言いながらも、再び眠そうに瞼が閉じられてしまう。
そんな修兵の仕草を見て、拳西は旋毛の辺りにぐりぐりと顎を押し付けながら笑った。

「うぅー…痛い…」

「修兵、昨日はありがとうな。美味かった」

旋毛の上で喋る拳西の言葉に頭をぐらぐら揺らせながら、修兵は嬉しそうにふっと声を漏らして笑う。

「どういたしまして」

やっぱり、張り切って欲張って沢山作って良かった。
阿近とキッチンに立つなどという稀な体験も出来たし、何より二人で準備したものを拳西に喜んで貰えた事が嬉しい。
阿近さんも褒めてあげて下さいねと言う言葉にそちらを見れば、夜型の低血圧は修兵をがっちり脚でホールドしたまま微動だにせず爆睡している。
修兵の寝顔とは打って変わって眉間に皺を寄せながら寝ている所を見れば、こっちはこっちでバターやら小麦粉やらに襲われている悪夢でも見ているのだろうか。
昨日修兵に見せられた仏頂面のエプロン姿を思い出して、思わず吹き出してしまいそうになる。

「貴重なもん見たな…」

そう言いながら微妙な顔をする拳西に笑えば、修兵の喉から息の掠れた様な音が漏れて小さく咳き込んだ。
昨夜が昨夜だっただけにその原因が分かっていて喉を押さえながら気まずそうに咳払いをする。
その様子に少々反省の色を見せながら甲斐甲斐しく何か飲み物をと立ち上がろうとする拳西を引き留めて、修兵は枕元の王冠をぽすりと自分の頭に被せて見せた。

「昨日のマチェドニアと…あと冷たいライムジュースがいいなー…」

王様の命令は…そう一晩を掛けて散々言い聞かされた言葉を返して、王冠を乗せたまま悪戯っぽく笑う修兵に肩を竦める。
どうやらとっくに日付も変わってしまった今では、王様の効果はもうこちらには無いらしい。
拳西からしてみればどちらかと言えばキングよりもクイーンのイメージの方がしっくりくるのだが、なんとなく臍を曲げそうなのでそれはすんでで飲み込んだ。
ひとまずは、たっぷりもてなされた昨晩のお礼の代わりに今日は散々甘やかすことに決めて、ベッドの中王様気分でご機嫌な修兵のリクエストを叶えるべくキッチンに立つことにする。
なんだかんだと雪崩れ込んでしまったせいで片付けが中途半端なキッチンを見れば、二人がここで奮闘した形跡がまだ残っていて少し可笑しかった。

リクエスト通りの準備を終えて寝室へ戻る頃にはいつの間にか阿近も起きていて、修兵とベッドに並んで折り重なりながら仲良く拳西が戻るのを待っている様子はまるで餌待ちの雛鳥だ。
拳西はいつか覚えがあるような既視感のある光景を見て、今度こそ本当に吹き出した。




HAPPY BIRTHDAY KENSEI !!!



― END! ―



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