湯煎にかけておいたビターチョコレートにゆっくりとバターを加えて混ぜれば、良い香りが立ち上ってツヤツヤとしたなんとも美味しそうなチョコレート生地の素になる。
卵に砂糖、薄力粉とココアパウダーを混ぜたものを入れたら、仕上げに数種類のスパイスを加えてこれでほぼ完成。
シナモンやカルダモン、隠し味に一味唐辛子を一振りすれば立派なスパイスショコラだ。

幾つか用意した一口サイズのマフィン型に流し込み、リキュールに漬けたチェリーを中に沈めて上にクルミを飾ったら、先に焼き上がっていたパイと入れ替わりにオーブンへ。
一度に焼き菓子やら何やらを作るようなこんな機会もあろうかと、システムキッチンにビルトインされているガスオーブンの他に、卓上のオーブンレンジも買っておいて良かったと思う。
三人でこの部屋に決める時、修兵が強請った数少ない贅沢品だった。

順調に進む作業に一言"よしっ"と呟いて、最後の作業に取り掛かる。

色々と悩みながらレシピ本をひっくり返している時に目にした、これだけは作りたいと思っていたケーキが実は本日のメインだったりするのだ。
本当は誕生日を祝う用のものではないらしいのだが、祝いの席で出されるものに変わりはないし、何より拳西のイメージにぴったりだと思ってしまった。
だからこれこそ阿近にも一緒に手伝って欲しいのだけれど、当の本人は未だに拗ねているらしく一向にキッチンへ顔を出そうとしない。

「子供か…」

そう小さく呟いてから溜息を吐くと、修兵は冷蔵庫を開け昨晩作って冷やしておいたクレームダンジュを一掬いティースプーンに盛ってジャムをかけた。
これで一先ず仲直りをして機嫌を直して貰わなければ、こういう時こそ糖分だ。
相変わらずそっぽを向いてテーブルに片肘を着き、壁とよろしくやっている阿近に後ろから声を掛ける。

「阿近さーん…さっきはちょっと言い過ぎ…」

"てゴメンね"

そう出かけた言葉が止まる。
てっきり不貞腐れていると思っていた阿近の手元を覗き込めば、いつの間にくすねたのかついさっき惜しそうに眺めていたチーズをピックで刺して抓みながら、菓子作りで余っていた白ワインをグラスの中で優雅に揺らしていた。

「いや何してんの!?っていうかいつの間に!?」

「休憩」

しれっと、酒を片手にそう答える阿近には既に不機嫌の欠片も見えず、修兵は気を揉んで損をしたとぼやきながら項垂れる。

「お前も休憩すれば」

そう言って、阿近はぐっと修兵の腰を引き寄せると自分の膝の上に乗せてしまった。
驚いて声を上げる修兵をがっちりと固定して、部屋中に漂う甘い匂いと同じ香りを纏う修兵へ鼻先を寄せ、脇腹の辺りへぐりぐりと擦り寄る。

「うわ!ちょっ、零れる零れる!!」

「あ?なんだそれ」

「レアチーズの柔いの。折角持って来たのに…もーこれ俺が食う」

「なんだよ寄越せ」

パクリと、後ろからスプーンに食らい付いて食べてしまった阿近の額をべしっとはたいて膝の上から逃げ出す。

「それ食べたらまた手伝って下さいね」

どうしてもこれだけは阿近にやって貰いたいのだと、キッチンではなく自室へ何かを取りに行ってしまった修兵を、もごもごと口を動かしながら阿近は首を傾げて待機した。








「おー、やっぱ阿近さん器用!家事壊滅なのに!」

最後に余計な一言がついたような気がするが、そう手放しに褒められて悪い気はしない。

だがしかし逆にだ、阿近からすれば家事全般を完璧に熟す修兵がどうしてたかがこれだけの事が出来ないのかがどうにも不思議だった。

「こんなもん、たかが絵描いて切って貼っつけるだけじゃねぇか」

「……だったら…料理だって切って焼いて煮て盛るだけじゃん…」

「……」

そう言われてしまえばぐうの音も出ないので、阿近は手渡された材料を黙々と形にする作業に集中する事にする。
マットゴールドのラッピングペーパーを綺麗に張られた厚手のクラフト紙と、ハサミとカッターと両面テープ、それと"こんな感じで"と渡された写真が一枚。
見本で渡したつもりの画像よりも精密に作られていくそれに、修兵はキッチンで仕上げの作業をしつつカウンター越しに覗き込みながら凄い凄いと感嘆の声を上げた。

「拳西さん、早く帰って来るといいですね」

「まぁな。俺が手伝ってやってんだ、遅かったらぶっ飛ばす」

「はは」

凄む阿近に笑いながら、修兵は最後に焼き上がったケーキに阿近作の飾りをちょこんと乗せて満足げに頷いた。
沢山作ったケーキをセッティングし終える頃には拳西も帰って来るだろう。
いつもよりも数段豪華になった誕生日祝いに今年も喜んでくれる事を期待しながら、阿近を急き立てつつ忙しなく最後の準備に取りかかった。






人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -