ガンッガンッと、シンクに何かを叩き付ける鈍い音が響く。

「そうそう、細かくして下さいね」

「おう」

キーライムパイの生地を作るのだと、ビニール袋に入れられたグラハムクッキーと木の綿棒を手渡された阿近は、鬼の敵の如くクッキーを粉砕する作業に没頭していた。
固形物がザクザクと潰れて行く感触が心地良く、少し面白くなってくる。
修兵は酸味の強い小振りなキーライムをスライスしながらそんな光景を微笑ましく眺めた。
どうやら破壊行為は楽しいらしい。
あらかた崩し切ったのか、暇を持て余した阿近がライムの良い香りに誘われて背後から修兵の手元を覗き込んで来た。
一切れ取って砂糖を多めにつけたものを後ろ手に差し出せば、パクリと口に咥えて酸っぱそうにもぐもぐやりながら次はどうするのかと素直に聞いて来る。

「レンジの中に溶かしたバター入ってるから、それ袋の中に入れてクッキーと混ぜて下さい。んで型に敷いちゃって」

「おう…?」

"型…敷く…"と何故かカタコトで呟きながら、袋の中で豪快にバターと混ぜた生地をザザーッとタルト型に落とし込み、暫し考えた末大胆に掌で押し潰そうをするのを慌てて止めて大き目のスプーンを差し出した。
そうしてスプーンの背を使って器用に押し固めて行く阿近の手元を見ながら上手い上手いと褒めてやれば、まんざらでも無さそうでなんだか可笑しい。

「クッキーがタルト生地になるんですよ」

「へぇ…」

キッチンに来てから極端に口数の少なくなった阿近にちょっと笑って、修兵はその間に準備したライムピールとライムジュース、クリームチーズとコンデンスミルク入りの卵黄生地を阿近作の型へ手際良く流し入れて行く。
仄かにライムの爽やかな香りのする滑らかな黄色いクリームがもったりとボールから流れ落ちて、阿近は思わず指を差し出してみたくなるのを堪えた。

「…舐めちゃダメですよ」

「舐めねぇよ!」

修兵にそれを見透かされて、思わず吠える。

「はい、これオーブンで焼いて冷やしてデコレーションしたら終わりー」

「は…?こんなもんなのか…?」

「こんなもんですよ」

「ほう…」

予め予熱を終えてあるオーブンへセットする修兵を見下ろしながら、案外シンプルな工程に阿近は感心したように頷いた。
そんなものかと次の作業を探すように材料を見渡すが、やはり何をするべきなのか皆目見当がつかない。
修兵の頭の中にはこれだけの材料を扱う手順がそれぞれインプットされているのだから、大したものだと思う。

「次チーズケーキね」

「これか?」

修兵の言葉に、阿近はずっと気になっていたものを手に持ち上げてしげしげと眺める。

掌に余るほどの大きなロックフォールチーズの塊だ、しかもなかなか上等のもののようで独特の強い青カビの香りも良い、これは絶対酒に合う。

「勿体なくねぇ?」

「いいんですよ!余ったら食べていいから」

言いながら、修兵はそれを阿近から受け取り使う分だけボールに取ると残りを冷蔵庫に仕舞う。
レンジで柔らかくしたロックフォールを阿近の前に置いて、ゴムベラを手渡した。

「材料入れてくから混ぜて下さいね」

「混ぜるだけか…?」

「混ぜるだけ」

どうしてかやや緊張気味にゴムベラをぐっと握り締める阿近に少々不安になりつつも、一応ここまでは順調だったのだからと、修兵は少しずつボールへ中身を足していく。
どうにも材料を加えるのを任せる方が危なっかしい気がしたのだ。
ヨーグルト、砂糖、卵黄、レモン汁の順に入れて行けば、思ったより器用に混ぜられていく過程にほっとした。
なんだかほっとするレベルが低いような気がしないでもないが、助手を頼んでしまった手前それは言わない約束だ。
薄力粉とベーキングパウダーを合わせたものを粉ふるいでカシャカシャと上から入れていれば、阿近の興味深そうな視線がじとっと修兵の手元に送られる。

「…それ俺にもやらせろ」

(やっぱりか…)

ステンレス製のマグカップ型の入れ物から粉が降って来るのが物珍しいようで、無表情ながら好奇心を滲ませたその様子に修兵は渋々作業を交代してやった。

「ここ片手で引くだけですよ、零さないでね」

「任せろ」


カシャ…

カシャン……

ガシャガシャガシャガシャガシャガシャッモサァァァァーーッ!!!!!


「ぎゃーっ!!!ちょっそんな高速でやんなくていいから!!!ストップ!!」

「ゲェホッ、んだこいつ凄ぇ出んな…!」

「アンタがふるい過ぎなんだっつの!!」

意気揚々と超高速ふるいをした阿近のお陰で、モヤーッと立ち上る粉煙に視界は真っ白だ。
どうやらあっという間に中身を全部ふるい入れてしまったらしく、修兵は片手で粉煙を避けながらダマにならないよう慌てて混ぜ合わせた。
ぎゃあぎゃあ言い合いながらもなんとかメレンゲまでの生地を混ぜ終え湯煎オーブンにセットしてから大きく息を吐く。
言わんこっちゃない、いくらなんでも限度があると言う物だ、お互いに粉粉になってしまったエプロンでお説教を浴びせていればとうとう臍を曲げたらしい阿近がカウンターテーブルの隅っこに退散してしまった。
キッチンの中に居る修兵の死角になる席にだらりと座って、あれは完全に拗ねているに違いない。
ちょっと言い過ぎたかとも思ったが、今は宥めに行く時間が勿体ないので、申し訳なく思いつつも阿近のご機嫌取りは後回しだ。
放っておけばその内勝手に復活するだろうと踏んで、修兵は残りの作業を再開する事にした。







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