long【PINK NOISE UNTIDY】より







壁に掛けてあるカレンダーと、手元でパラパラと捲るだけになっている本を交互に眺めながら、修兵はもう何度もうんうんと唸りつつ、ついには大きな溜息を吐きながらテーブルの上へ突っ伏した。

(あー…どうしようかな……)

7月30日の拳西の誕生日まで、あと数日もない。

準備していたプレゼントを贈って修兵手製の料理やケーキを囲んでお祝いをするのが、シンプルながらいつもの恒例なのだが、今年はその肝心のケーキをどうするのかが一向に思いつかないのだ。
元より甘い物をそれ程好まない拳西と阿近向けに毎年頭を捻って考えてきたデザートもそろそろネタ切れで、なんとなくいつも同じようなものになってしまう。
それでも十分喜んでくれている事は伝わるのだが、やっぱり特別な事をしたいと思うのは毎回同じな訳で、今年こそはそれを打破してやりたいと密かな目標を立てていた。
そう思い立って愛用しているレシピ本に浦原から借りて来たものも加えて目につく候補を選びきれず、今に至る。

レアチーズとベイクドチーズ、シフォンにタルト、ムースにパイ。
チョコレートも捨てがたいし、グラスデザートやプチフールも…。

次から次へと作りたいものが浮かんでしまってこのままでは一向に決められそうにない。


故に、そういう時は、


「…とりあえず、作れるだけ作っちゃえばいいんじゃねぇ!?」

(自分でも食べたいし!)

ピコンッと頭上に『!』マークが浮かぶ勢いでパンッと手を鳴らす。
しかし、幾つも全てを一人で作るには流石に手が足りない。
使えるか否かは別としても今回は一応我が家の家事音痴に助手を依頼するとして、修兵はペン片手に活き活きとケーキのリストをまとめ始めた。












真っ白なケーキフラワーに、砂糖は少なめ、スパイス、フレッシュやセミドライのフルーツ、ナッツ、ビターチョコ、フィリングペースト、チーズ各種、無塩バター、リキュール類にヨーグルト、その他諸々。
完璧に準備されてキッチンを占拠する沢山の材料と、エプロン装備で準備万端な修兵と、その隣でこれまた色違いのエプロンを無理矢理着せられた阿近が所在なくぼーっと突っ立ている。
黒いエプロンを着けている修兵に対し、何故か鮮やかなオレンジ色のエプロンを渡された阿近の凶悪面とポップなカラーとのギャップがなんとも言えない様相になっていた。

「あこ、阿近さん…ぶふっ…エプロン似合いますよ…っ」

「テメェ…どっちかっつったらコレ着るのお前だろうが!!」

キッチンとビタミンカラーのエプロンが余りに似合わなくて、自分で着せておきながら修兵は阿近を横目で見る度にぷるぷると肩を震わせた。
ここに立たされている事もこれを身に着けている事も不本意極まりないが、修兵のオネダリにあっさり負けたのは惚れた弱味と言うかなんというか、ぎゅうぎゅうに引っ付かれて"阿近さんの誕生日にはなんでもリクエスト聞くから"そんな殺し文句を断れる筈もなく。
因みに今日の昼食も阿近リクエストの茄子とモッツァレラのミートソースパスタにして貰った次第だ、あれは美味い、修兵のミートソースは絶品だ、だが決して餌付けされたわけではない。
そんな事を思いつつ拳西を祝ってやる事に抵抗があるわけではないが、まだ何一つ始まってもいないこの状況にもう既に後悔の念が顔を出している事は否めない。
しかしそんな心中など余所に、修兵にちょろいと思われつつも今に至る事を当然阿近は知らない。

「で…俺は何すりゃいいんだ…」

「材料はもう計ってあるし、昨日と朝で下拵えしたものはもう冷蔵庫に入ってるから、簡単な事だけでいいよ」

「簡単…」

「うん、そんなに大掛かりなもの作らないし」

そうは言われても、見慣れないものを眼下にどう考えても"簡単"な事を始めるとは思えず、阿近はチッと舌打ちして視線を逸らした。
拳西が帰って来るまでのタイムリミットまではあと6時間と少し、十分なようだがこれで間に合うのかどうかの見当もつかない。
料理をしない人間にとって、お菓子作りなどそれ以上に未知の領域なのだ。

「てなわけで、始めちゃいましょうか」

「……」





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