どうしてそれを見ることがそれに触れることが叶わないのだろうかと、冷静な算段や分析や俯瞰的な観察を得手とする脳が直情的な憤りや焦りを日常として覚える様になってからどれだけの月日が経過したのだろう。
切り刻んで抉り出して剥いで削ぎ落として全てを何もかもを余すこと無く真実を事実を晒し続けて来たこの両手が、こんなにも切実に望んでいるのに。
全てを知りたいと、あらゆる事実と結果を技術と才と経験を矛にして目にしてきたこれがこんな時に限って何の役にも立たないのだ。
目の前でただ虚ろに床を見つめているそれは、気が付いた時には俺の不得手の塊だった、愛おしくて堪らないそいつのことを俺はなにもしらないのかもしれない。
体温を分け与える様に撫で擦っていた頬から掌を首筋の動脈に滑らせ、もう随分と頼りなくなってしまったか細い脈動を確かめてから、一筋ずつ、浮き出た血管と骨格をなぞりながら辿っていく。
息を潜めて一つ一つの存在と温もりを確かめながら触れるそれは、つい数日前まで修兵が習慣の様に俺に施してきていた所作だった、今ではすっかり俺の癖になってしまった。
あの時のあいつが何を訴えたかったのか何を考えていたのか朧気でしかなかったものが今になってはっきりとした輪郭を俺に与えているのだ。
それと同時にどうして修兵が俺に触れることを躊躇う様に怖がる様になってしまったのかも。
諦観なのだろうか、それとも、それ以上はもう恐ろしかった。
愛しているのだ、こんな思いをするくらいならさせるくらいならもっとそれをこいつに与える技術を養って知っておくべきだったのだろうか。
愛しているのだ、この髪も目も傷も皮膚も血も骨も臓腑も神経の一筋だって余す所などなく。
その全てが修兵なのだから、彼を構成するものは何一つ欠けてはなるまいと心血を注ぎ込んで造り上げたこの義眼でさえ。
それなのになんで、見ることが触れることが叶わないのだろう。
この薄い皮膚に覆われた心臓に昏く空いてしまった穴を俺はどうしたって見ることが出来ない事実がこんなにも耐え難い。
真っ暗な闇を湛えてひたりひたりと広がり続けているその空洞は、ぽっかりと口を開けて俺を待っているのかもしれない。
ならばいっそのこと暴いてしまいたかった。
切り開いてこの掌を捻じ込んでその隙間を埋めてやることが出来たのならどんなにいいだろうかと、非現実的な願望ばかりが渦を巻いている。
ただ静かに浅い呼吸を繰り返し唇を震わせている修兵の肋骨を撫でながら、それに何もかもを隔てられているようでそれがぎりぎりと俺の心臓を締め上げて軋ませるのだ。
思わず突き立ててしまった爪にびくりと肩を揺らせた修兵が、痛みを与えた俺の右手首を柔らかく掴んだ。
そのまま緩く俺の腕を這った手が指が頬に届き髪に差し入れられ首の裏側で少し力を込められる。
弱々しく微笑むその小さな意思表示に逆らわず、薄くなって骨の浮き出てしまった修兵の胸板にそのまま頬を押し付けた。

密着する皮膚と皮膚。
隔てられている何か。


「あこんさん・・・」


酷く穏やかな声が降りてくる、泣く幼子を宥めるかの様なそれは随分と柔らかく、まるで自分が本当に涙を流しているかの様な錯覚を起こす程に。
泣きたいのは、もうずっと泣いているのはこいつの筈で。
声音に反して頬を寄せた胸はとても冷えていて、


冷えていて、








その体から骨を透かして身を翻す魚を、不安定なその存在をすくい上げたくてこの手に掴み取った、喘ぐ様に小さな体を蠢かせたそれはいともたやすく息絶えて、そうして干涸らびて俺の手の上で、

消えた









フラッシュバックをした何かに肩を強張らせた俺の背を、修兵は何度も何度も、あるだけの力を込めて撫でるのだ。
修兵から流れ込んでくるなにかが俺にはもう溢れんばかりになっていて上手く飲み干すことさえ難しくなってしまった。
いつからだろう、修兵がこんな風にしか俺に触れなくなってしまったのは。

ただ心地良くて苦しいこの感触に身を委ねることを繰り返す。


そうしてずっとずっと何かを掛け違えてきてしまった俺達はただ、










"ねぇ、言って・・・"


"なぁ、言えよ・・・"











さみしい






END