「隊長!!そこを…そこのところをもっと詳しく!!」

「そうですよ!!後生ですから…!」

酒の席では無礼講、とは良く言ったもので、酔っ払いはそれがどんな席であれどんな相手であれ総じて騒がしい。
初めの方こそ修兵を起こさないようにぽつりぽつりと言葉を交わしていたのだが、いかんせんこの二人が拳西の呑むペースに追い着いてしまうのだからいけない。
気付けば隊長と隊士と言う事もほとんど忘れて、俺の嫁、及び俺達の副隊長談義に火が付いていた。

「これ以上は言わねぇよ馬鹿野郎、減っちまうからな」

「そんな…!!」

「でも、可愛かったんですねぇ副隊長!!あの、昔のお写真とか、残ってないんですか…!?」

幼い頃から院生時代辺りまでの思い出話に始まり、寝起きがどうだとか得意料理がどうだとか、拳西が零す修兵の話に興奮した三席がそうせがめば、四席までもが見たい見たいと騒ぎ出す。
そんな部下二人に、拳西は少し考えたあと懐からおもむろに伝令神機を取り出しカチカチと操作し出した。
待ちきれないと言わんばかりに身を乗り出す二人を一度チラリと見遣り、これぐらいならばと一枚選び出した画像を表示させて見せてやる。
拳西が見せたのは、当時まだ修兵が泣き虫だった頃、叱られて泣きそうな顔で必死に堪えながら拳西の足にしがみつく修兵を俯瞰から平子が撮り逃げしたものだ。
小さな両手で一生懸命拳西の袴を握り締め、大きな猫目をうるうると潤ませて唇を噛み締めながらの上目使い、これをこの二人が冷静に見ていられようか。

「か…っ!!!」

「天使か」

可愛いと言い切る前にゴッと机へ額を打ち付けて沈んだ四席と、天使だ天使がいるいや知ってただなどと真顔で呟きながらカタカタと震え出す三席とでなんともカオスな状況だ。
なんとなく面白くなってしまって、拳西は追い打ちをかけるように別の写真を提示した。
一枚はこちらも隊士達が知らないであろう院生の頃、浅葱色の袴姿が瑞々しく初々しいが、今よりも長く伸びて襟足を隠している黒髪の艶やかさがアンバランスな若い色香を醸し出している。
恐らく呼ばれて振り返りしなの瞬間なのだろう、どことなく照れたような笑顔が実に可愛らしい。
そしてもう一枚は比較的最近のものだが、現世とこちらとを密かに行き来していた頃、現世の服を纏って拳西が買ってやった毛足の長いマフラーにもふっと口元を埋めてはにかんでいる写真だ。
勿論これは拳西の神機の中に保存されている膨大な親馬鹿フォルダ及び俺の嫁フォルダの内の、ほんの一部の一部のそのまた一部に過ぎない。
これ以上は勿体なくて見せる気はさらさらない、だが嫁自慢をしたいと思うのも男の性というもので、そんな心持ちで辛うじて選び出した三枚だ。
その三枚だけでも修兵を敬いこよなく愛するこの二人には充分刺激が強かったらしく、鼻や顔を覆いながら悶絶を繰り返しもはや再起不能になりかけている。
暫くひいひいと呼吸困難に陥っていた三席が先に復活をして、手酌でぐいと一杯煽ってから拳西の方へずいっと上半身を乗り出した。

「俺…俺、副隊長のこんな風に笑ってる顔初めて見ました…!!」

そう言って目を潤ませれば、横に居た四席までもがいつの間にか居住まいを正してぐずぐずと鼻を啜り始めた。
泣きが入れば酔っ払いはもう収拾不可能だ、拳西は少々煽り過ぎたかと反省しつつ神機を再び懐へ納める。

「俺もです…。それでも、最近は以前よりも穏やかに笑う事が少しずつ増えて来ましたけど…」

そこまでで言い淀んだ四席が、ちらりと拳西を窺ってからぽつりぽつりと話し始めた。

「やっぱり…色々ありましたから、我々以上にご心労も相当なものだったと思うんです」

隊の存続さえ危ぶまれるような状況の中、絶望感と虚無感に苛まれながら、それでも己の全てを投げ打って九番隊の隊士を一人残らず細い体で守り抜いてくれたあの背中を、誰が憧れず愛さずにいられるものか。
少しでもその双肩に掛かる重荷を分けて貰えるように、歩む足取りを軽く出来るように、そして心から笑って貰えるように、そう願って誰もが着いて来たのだ。
だから、今こうして拳西や自分達の元で無防備に穏やかな寝顔を晒してくれている修兵の傍らに居られる事がどれだけ嬉しいか。
二人の過去や現在に至るまでの経緯を全て推し量る事は出来ないし、だからと言って必要以上に詮索する気もないけれど、六車拳西がこうして九番隊の隊長として復帰して修兵の隣を歩んでくれている事が奇跡のようだと思ってしまうのだ。
訥々と、だけれど時折言葉に詰まりながらそんな話をして礼を述べる二人の言葉を、拳西は穏やかに聞いていた。

「いや、俺だけじゃねぇよ。こうしてお前達が修兵と九番隊を信じて支えてくれてるお陰でコイツはここまで踏ん張って来られたんだ、ありがとうな」

そう真っ直ぐに感謝の言葉を述べる拳西に、二人はこれまでの何もかもが次々と脳裏を過ぎってぐっと唇を噛み締めて俯いた。
拳西とて未だ複雑な思いを抱えている事に変わりはないし、それはきっとこの先も一生抱えて行く事になるのだろう。
だけれどそれは囚われるのとは違う、そんな思いもひっくるめて受け入れて背中を押してくれるだけの頼もしい隊士達の元へ復帰した時、ああやはり自分の居場所はここなのだと、すとんと、胸に落ちるようにそう思ったのだ。
そしてそんな隊士達を率いて自分の事をずっと待っていてくれた修兵の存在が、何よりも今の拳西の原動力になる。

「だ、だいぢょう゛ーっ!!!」

突然、三席がしっとりとした良い雰囲気をぶち壊すように濁点だらけの声を上げてがばっと顔を上げた。
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった赤い顔でダンッとテーブルへ猪口を叩き付ける様は、お前はそれでも一隊の三席かと呆れたくなるものだが、隣を見れば四席もほぼ大差ないような状態だ。

「飲みましょう!!隊長!!今夜は飲みましょうーー!!」

「分かったから泣くな、あぁもうきったねぇツラだな!そんなデケェ声出したら修兵が起きちまうだろうが」

そう言って修兵の頭を再びやんわりと撫でれば、もぞりと身じろぐ気配がして拳西がサッと手を離す。
が、離そうとした手を逆にがしりと掴まれて引き戻されてしまった。
散々泣き喚いて騒いでいた酔っ払い二人もピタリと動きを止めて、その動向をじいっと窺っている。
目が覚めているのかいないのか、ほとんど無意識に自分の頭を撫でていた手を捕えた修兵は、その手を抱えたままゴロンと仰向けになると、ぼんやりと薄目を開けて己を見下ろす拳西の姿を確認した。

「んー……けんせぇさん…?」

舌足らずに名前を呼ぶ修兵はやはり寝惚けているのだろう、でなければ執務室で、ましてや隊士達の前でこんな風に甘えた声で下の名を呼ぶ事などほぼ有り得ない。
拳西はどこかむず痒くて座りの悪いような、だけれど少しの優越感も覚えるような心持ちで困ったように柔らかく笑んでやると、それにつられて修兵もふにゃりと笑う。
それを見た三席と四席が声にならない悲鳴を上げた。
その様子に拳西は、

(…勿体ねぇな。でもまぁ、今日は特別サービスだ)

そう小さく溜息を吐いて片眉を上げると、ふわふわと緩みっぱなしになっている修兵の頬をふにふにと抓んだ。

「修、まだ寝てていいぞ」

未だかつて見聞きした事がない程に甘い拳西の声音と眼差しに、じっと一部始終を凝視していた二人が瞠目する。
もう駄目だ叫びたい、こんな隊長と副隊長は知らない、羨ましい恥ずかしい羨ましい、そんな衝動を抑えながら飛び出しそうになる声を抑えるのに必死だ。
しかしそんな周囲の状況など目に入っていないのか、修兵は緩々の顔のまま何故かずりずりと這い上がり、コテンと、拳西の膝へ頭を乗せて再び横になってしまった。

「おい…」

「んんー…おかえりなさい…?」

何故か疑問符で、それでも律儀に拳西へ出迎えの言葉をもごもごと述べながら腰へ両腕を回してしがみつく修兵に、笑ってしまいそうになるのを堪える。

(こいつ…今三席と四席が居るのに気付いたらどうするんだろうなー…)

それはそれで面白い反応が見られるかもしれないが、折角可愛いことになっているので起こしてしまうのはやはり勿体ない。
そんな事を思っている内に、しばらくぐりぐりと拳西の腹へ額を押し付けていた修兵から、先と同じ穏やかな寝息が聞こえてきた。

「あ、ほんとに寝やがった」

呆れたように呟いた拳西に、二人はここまでずっと詰めていた息をぶはあっと吐き出した。

「なん…っ!!なんなんですか今の!!」

「はぁ…っ死ぬかと思った…!今の副隊長なんですか天使なんですかどっちですか!!!」

「…落ち着けお前ら」

ハァハァと息を乱して涙目になってわなわなと震える二人に、拳西は思わず吹き出した。

なんとも愛されている副隊長様だ、ここまで来るといっそ面白い。
そんなだから、

「可愛いだろう?俺の修兵は」

少々調子に乗った拳西から放たれた自信満々のこの一言に、今度こそ二人同時に床に埋まって撃沈した。

「「ごちそうさまでした…」」

そう言って崩れ落ちつつ、ちゃっかり神機を構えてそんな二人をカメラに収めている四席が「よしっ」とガッツポーズを繰り出した。

「おま…っ、なに撮ってやがんだ!」

いそいそと画像を保存する四席に、拳西は修兵の頭を落とさないように乗り出しながら神機奪おうとする。
嫌です駄目ですと喚きながら器用に仰け反って神機を守る四席に、三席までもが俺にも転送しろと騒ぎ始めた。

「いいじゃないですか!六車隊長ズルいです、これぐらい俺達にもお裾分け下さいいい!!」

暫く寄越せ嫌ですの攻防が続いたが、これ以上騒ぎ立てると今度は本当に修兵を起こしてしまうだろう。
拳西は一つ諦めたような長い溜息を吐くと、身を引いて片手で額を押さえた。
四席が必死で守るその隙間から、完全に拳西に身を預けきって半開きの口で幼い寝顔を晒している修兵の横顔と、なんともこっ恥ずかしい表情でそれを見下ろしている己の姿が見える。

「…オイ、それやたらに見せて回るなよ」

声音を低くする拳西に、二人はぶんぶんと首を縦に振って頷いた。

「そんな滅相も無い…!」

「それと…その写真、俺にも転送しやがれ」

「「!!勿論です!!」」

それからなんだかんだ当人が起きないのを良い事に、散々暴露話自慢話に花が咲き随分と遅くまで我らが愛しき副隊長の話題を肴にした宴はにぎやかに続いた。







そんな宴の翌日以降。


何処で調達してきたのか、何故か季節外れのマフラーやミトンや耳当てやらのプレゼントをされたり、どうしてか髪を伸ばさないのかと薦められたり、しばしば唐突に顔を赤らめる三席と四席の様子に、修兵は訳も分からず暫く困惑する事になる。
なんでどうしてと首を傾げながら尋ねて来る修兵にしらばくれつつ、拳西は拳西で四席から転送されて来た画像をその強面を緩めながらこっそりと眺める日が暫し続いたり続かなかったり。



― 終 ―

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