障子戸から透けて入る朝陽が頬を温めて、微かな眩しさにゆっくりと瞼を開ける。
眠気から覚め切らない頭で眉間に皺を寄せ幾度か瞬きをすれば、視界に入る黒い髪に拳西の頭が一気に覚醒した。

(やべぇ、寝過ごしたか…!)

拳西が修兵よりも早くに目を覚ます事は稀で、これは完全に二人してやらかしてしまったのではないかとガバリと上半身を勢い良く起こした。
が、一瞬焦ったものの、そう言えば今日は揃って遅出組だったことを思い出して一気に安堵する。
それはそうだ、そうでなければ修兵も昨夜のような飲み方はしない筈だし、こうしてゆっくりと共に睡眠を貪っている筈もない。
見れば、時刻にはまだ十分に余裕があった。
拳西はどっと肩の力を抜いてから、一人で勝手に慌ててしまった気恥ずかしさで後頭部の髪をがしがしと掻き混ぜて、己が派手に起き上ってしまったせいで捲れてしまった掛布を修兵の肩へ丁寧に掛け直してやる。
時間に余裕があるとは言えど、二度寝をしてしまえば次こそ本当に寝過ごしてしまいそうだ。
これだけ隣で動かれていても一向に目を覚ます気配のない修兵の髪をサラリと梳けば、随分と幸せそうな寝顔が現れる。
拳西はその無防備さに少し笑って半開きの唇に一つ口付けを落としてから、よしっと気合を一つ入れてそっと寝床を抜け出した。





* ふわふわ卵と鶏そぼろの雑炊 *





顔を洗い簡単に身支度を済ませた拳西は、綺麗に片された台所に唯一鎮座している鍋の蓋をぱかりと開けて中を覗き込んだ。
蓋に結露した滴がぽたりと落ちて、昨晩より幾分か煮詰まった修兵作のすまし汁が揺れている。
優しい出汁の味と大葉の風味が美味しくて何度かおかわりを要求したけれど、随分と多めに作っていたようでまだ二人分よそっても余裕があるくらいには残っていた。
拳西はそのままそれに火を点けて温め始める。
二日酔い…とまではいかないかも知れないが、それなりに飲んだ翌朝にぴったりのメニューを頭に思い浮かべて材料を並べた。
溶き卵を二つ分、ネギを小口切りにして、鍋の中に残っていた鶏団子は先に取り出し解してそぼろ状に。
鍋に少し湯を足して伸ばしてから少しの塩と旨味調味料で味を調えれば、沸々と温まり始めた鍋の中身から立ち上る出汁の香りが鼻腔をくすぐる。
お櫃に残っていた冷や飯をそこへ投入して鶏そぼろも加え、煮立った所で一度火を弱めて卵を回し入れてから再び火力を上げた。
卵に火が入り始めた所で掻き回せば、黄色いふわふわの掻き玉になる。
予め準備していたネギをぱらぱらと入れて火を止めれば完成だ。
酒を飲んだ翌日にぴったりの卵雑炊。
一口だけ掬って味見したそれに満足して、そろそろ起こしに行こうかと火を止めた拳西の背中へ、とんと何かのぶつかる衝撃が走る。

「お?」

調理に集中していて気が付かなかったが、いつの間にか起きて来ていたらしい修兵が後ろから拳西にしがみついていた。
まだ少し眠そうな顔をしているが、拳西が掻き回していた鍋の中身を覗き込んで目を輝かせている。

「美味しそ…あ、おはようございます」

朝の挨拶をする前につい口から出た"美味しそう"に笑って、拳西も後ろ手にぐしゃぐしゃと頭を撫でてやりながら挨拶を返した。
顔洗ったか、後でちゃんと寝癖直せよと言う拳西の言葉に頷きながら掻き混ぜられている頭をぐらぐらと揺らせている辺り、未だ眠気は四割ほど残っているような様子だ。

「朝ご飯、任せちゃってすみません」

「いいだろ、たまには。冷めない内に食うぞ」

「はい!」

食事には食器選びも大切だと言う修兵が、棚から大き目な漆器の椀と匙を取り出して、それを受け取った拳西が雑炊をよそる。
休日とは違うけれど、執務のあるいつもの朝よりは幾分かゆったりとした時間の流れる中での朝食は久し振りかもしれない。
向かい合って互いに"いただきます"と手を合わせ、拳西はまず修兵が一口含むのを待った。

「…美味しい!!」

その言葉を聞いて、"そうか"と拳西も少し安心したように食事を始めた。
いつだって拳西が作ってくれた料理が美味しくなかったことなどないのに、こういう所が可愛いなと修兵はいつも思うのだが、口には出さずににやにやしながら自分の中だけで楽しむ事にしている。
二日酔い一歩手前で少し怠さを感じる体に染み渡る優しい味に素直に感嘆の声を上げて感想を述べれば、お前が作った残りを使わせて貰っただけだとぶっきらぼうな答えが返って来て、笑ってしまった。
それでも拳西の料理にはいつもしっかりとした愛情を感じるし、存外に優しい味付けをされるそれが修兵は大好きなのだ。
椀に浮かぶ綺麗なふわふわの卵を掬って口いっぱいに頬ばれば、やっぱりそれだけでも愛情を感じてしまって気恥ずかしくて幸せだ。
拳西も自分の作ったものを食べてそう思ってくれていたら良いと思いながら、修兵は今晩の献立をぼんやりと考えながら朝から豪快に椀の中身を平らげる拳西を眺めて緩みっぱなしだった頬を更に緩める。

(今日は…久し振りにあれ作ろうかな…)

お椀いっぱいの雑炊をすっかり食べきってしまう頃には夕飯のメニューを決定して、修兵はごちそうさまでしたと感謝の気持ちを込めて両手を合わせた。




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