ふわとろの卵
ゴロゴロのたっぷり野菜
甘酸っぱくて香ばしい匂いがふんわり鼻腔をくすぐって
じんわり沁みわたる温もりと
幸せを映し込んだ黄金色のスープを前に
"いただきます"と"ごちそうさま"






◇ 六車家の台所事情 ◇







半ば連れ去られるようにして修兵が拳西と共に引っ越した先は、こじんまりとした、それでいて温かみを感じさせる木造二階建て(庭付き)だった。
九番隊の隊舎から然程遠くもなく、日当たりも良くて、一目で修兵も気に入ってしまったのだが、己の知らぬ所でいつの間にこんな住居を探し出していたのか全く気付かなかったのだから驚いてしまう。
既にある程度の家財道具も揃っていて、ここまで準備されてしまってこれでもし自分が共に住む事を拒んでいたとしたら拳西はどうしたのだろうかと思いもするけれど、そんな選択肢は初めから頭の隅にもないので問題は何もないのだが。
だけれど、初めから修兵と共に暮らすつもりでこちらでこうして先手を打って至れり尽くせり準備を整えてくれた拳西の気持ちを考えれば考えるだけ、頬に上った血がなかなか下りてくれない事態に困りはしているのだけれど。

そんなこんなで、あれよあれよと驚く程あっという間に引っ越し作業が済んでしまった。
まだどことなく生活臭のしない家の中を見渡して、拳西と修兵がまず揃えにかかったのは調理器具全般だ。
二人とも料理は嫌いな方ではないし、長年現世で料理の腕を奮っていてあちらのキッチンにすっかり慣れてしまった拳西の為にも、内装から何から技局に色々と無理を言ってそれなりに近い設備を整えて貰ったのだ。
後から恐ろしい見返りを求められたらどうしようかと怯えつつも、近々ちょっと豪華な差し入れをしてひとますの御礼をしなければと思っている。
現世から調達したものも混ぜながら、こちらで手に入れられるものは出来るだけ二人で買い出しに出た。
瀞霊廷の雑貨店で仲睦まじく生活用品を物色している九番隊のトップ二人の姿がちょっとした名物になるぐらいには、その光景はなかなかに人目を引くものだった。

そんな諸々の視線に気付いているのかいないのか、そんな所で繰り広げられる二人の会話と言えば、


「あ、俺この大皿欲しいです」
「いいな、じゃあこっちは取り皿用にするか」
「はい、あと小鉢も」
「ん、これどうだ、三つ盛れんぞ」
「え、それ仕舞う時邪魔だから却下」
「……」

「このぐい飲みいいんじゃねぇか」
「駄目、拳西さん飲み過ぎるからこっちの一回り小さいやつで」
「……」

「あ、このお重綺麗ですよ!いいなぁ」
「ちと大きくねぇか?そんなしょっちゅう使うもんでもねぇだろ」
「えー…」


完全に新婚の夫婦である。
夕飯時の買い出しに連れ立った時なんぞ、常に眼光鋭く眉間に皺をたたえ寡黙で近寄り難いあの九番隊の隊長が、良妻にあれダメこれダメと窘められながら渋々酒瓶等々を棚へ戻している姿など誰もが目を疑う光景だ。
時に微笑ましく見守られたり、時に物陰から羨望の眼差しを送られたりしながら買い出しを済ませ、今日も今日とてつつがなく六車家の食卓は彩られることになる。








* 揚げナスの香味たれ漬け *
* 大葉入り鶏つくねのすまし汁 *
* トマトの冷奴 *



「良い匂いだな」

「あ!おかえりなさい」

夕刻時に召集された隊主会を終えて、修兵より少し遅れるようにして帰宅した拳西が、台所から玄関にまで漂う香りに誘われてひょこりとそこへ顔を出した。
議会の後にかけられた平子からの呑みの誘いを断って直帰すると告げれば、妬ましそうに"なんや最近付き合い悪いのぅ、のろけおって"と言われたが致し方ない。
部屋着用の着流しにタスキをかけて前掛けを着けている修兵の姿を横からしげと眺めて、これで呑みになど行けるものかと一つ満足そうに頷いた。
そのままその腰に腕を回すついでに鍋の中を覗き込もうとすれば、まずは手を洗わないと駄目ですなどと窘められて渋々洗面台へ向かう。
嫁はこれでなかなか強い、と、拳西は常々思っている。
手を洗うついでに顔も洗ってさっぱりとした所で、修兵に倣い己も部屋着用の着物に袖を通すと、拳西は再び台所へと足を向けた。

たっぷりの鰹節で丁寧に取られた出汁に、薄口醤油と隠し味に昆布茶を少し、途端に食欲をそそる匂いが沸き立つ。
修兵はその香りに口元を緩めると、横から自分を拘束している拳西に澄んだそれを小皿に分けて差し出した。

「うめぇ」

優しい出汁の風味が体中に沁みわたって行くようで、この一口だけで今日一日の疲労が解されていく。

「良かった」

そう言って、あらかじめ作っておいたのであろう鶏つみれのタネを匙で器用に鍋へ落としていく修兵を眺めていれば、冷奴を小鉢に開けるようにとの指令が出された。
拳西が食器棚をがさごそと探していれば、"上から二段目の一番右ー"との声が振って、色違いの小鉢を見付けた拳西はそれへ冷蔵庫に鎮座していた笊から冷奴を移していく。

「修、これなんだ?」

「冷奴用のタレ作ってみたんです、それも乗せちゃって下さい」

「おう」

笊の横にあった深皿の中を見れば、トマトの漬けだれがたっぷり作り置きされていた。
細かく角切りにされた真っ赤なトマトを、ポン酢とみりんと少しのごま油で漬けて一味と炒り胡麻で和えたそれは、最近卯の花に教わったものらしい。
滑らかな絹豆腐の白に赤とはなかなか華やかだ。

拳西が感心していれば、つみれ汁の支度を終えた修兵が火にかけられていない方の浅い鍋の蓋をぱかっと開けてみせる。

「今日揚げ茄子にしました」

甘辛いつゆでひたひたになった乱切りの茄子に、わけぎとにんにく、しょうがのみじん切り、七味唐辛子に胡麻を和えて、つゆごと土物の深皿に山盛りに盛り付けた。
その皿の傍らに酒とごま油とで炒めた挽き肉をたっぷり盛れば、それもつゆを吸って美味いのだと言う。
これは米にも酒にも合いそうだと言う拳西に、修兵はちょっと言い難そうな企んでいるような顔をして見せた。

「今日いつもより少なめにお米炊いたので…代わりにこれどうかなって…」

そう言って修兵は棚から一本封を切っていない酒瓶を取り出した。

「あ!お前、昨日俺に駄目だっつったじゃねぇか!」

「だってこれがまだ取ってあったんですもん、それにこれは頂きものですよ」

いつだったか試したいものがあって作り過ぎてしまったと言って、鶏手羽の煮物を馴染の酒屋の店主へお裾分けにしに行ったその礼に貰って来たものだという。
すっかり主婦もとい主夫然とした日常が板について来た修兵は、どういうわけか商店の人間にモテているようで、時折こうしてちょっと良い頂きものをしてくるのだ。
なんだかモヤッとするような、それでも酒は嬉しいような、良い嫁貰ったと自負したくなるような、複雑な気持ちで拳西は食卓の準備を手伝った。


粗方支度の整った所で修兵がたすきを外そうと手を掛ければ、拳西がそれを制する。

「なんですか?」

「いや、俺がやる」

「?じゃあ、お願いします」

首を傾げつつも素直にそう頼めば、拳西はわざわざ後ろから腕を回してたすきを解いたついでに、前掛けの腰紐もしゅるりと解いてやった。
何事かと不思議そうな顔をしている修兵の肩へ顎を乗せて腰を撫でながら、

「たすきと前掛け外してやるのって、エロくねぇか?」

などとのたまう拳西に、修兵はぼんっと赤くなった顔でぐりんっと振り返れば、口端を上げている悪戯っぽい顔が目の前でニヤリと笑っている。

「んなっ、拳西さん親父クサッ!」

「なんとでも」





ボリューム満点の揚げ茄子と、ほんのりシソの香りの立つつみれ汁に白髪ネギを飾って、冷奴と冷酒で用意した硝子の徳利に猪口。
芳しい香りと共に湯気の立つ食卓に向き合って、手を合わせていただきますをするのはもう慣れた光景だけれど、修兵は綺麗に背筋を伸ばして武骨な手をすっと合わせ、素直に"いただきます"をする拳西の姿を見るのが好きだ。
幼い頃、今よりももう少し賑やかだったけれど、拳西に引き取られこうして生活を共にするようになってから、挨拶と共に"いただきます"と"ごちそうさま"もきっちりと教え込まれた事を思い出す。
当時幼い修兵に『いただきますしろ』と教育をするその顔と言ったらそれはもう凶悪で泣く子も黙るようなものだったけれど、しゃんと伸ばされた広い背に、自分の背筋もぴんと伸びるような思いがしたものだ。
それに、顔の前で手を合わせている拳西はちょっと可愛い、と思ってしまう。
それをいつか話の流れで平子にぽろりと零した時、これでもかと言う程盛大に否定されたので、当人にも告げていないのだけれど。

「美味ぇな」

そう言ってもぐもぐと口いっぱいに茄子と挽き肉を詰め込む拳西に笑って酌をして、自分も食事を開始する。
拳西に倣って大きな口でひたひたの茄子を頬張れば、じゅわっと甘辛い味が広がって、手間を惜しまず一晩漬けておいて良かったと目元が綻んだ。
今日一日の出来事を反芻して他愛のない会話を交わしながら、気持ちの良い平らげっぷりを見せる拳西におかわりをよそってやりつつ、茄子を漬けていたつゆと豆腐と余った具材で拳西が作ってみせた揚げ出し豆腐に修兵が目を輝かせれば酒も進み、晩酌の場を縁側へ移してからは修兵の記憶もまばらで。
冷酒片手に心地良い夜風に当たりながら、自分が丹精込めて作った料理を想い人が食べてくれる嬉しさにふわふわと気持ちを泳がせながら、拳西の胸にしなだれかかったまま埋もれるようにして眠ってしまったのが昨晩の最後の記憶だ。
だから、拳西が自分の腕の中で眠ってしまった修兵の頬や耳元へ飽きる事無く口付けの雨を降らせて時折悪戯をしながら、至極優しい声音で『ごちそうさま』と呟いたのを修兵が聞いたのは、やたら温かくて柔らかい幸せな夢の中だった。




明日のご飯はなに食べる?






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