ずずっと、湯気を立てるマグカップの中身を啜って、一護はほっと温かな息を吐いた。
子猫を拾った自分が挙句はお隣さんに拾われて、なんだかんだ色々話し込んでいる内にすっかり居心地が良くなってしまって居座っている。
カフェで働いていると言う修兵が淹れてくれたコーヒーの味と香りは格別で、青年は同居人と喧嘩中だと言う事もすっかり頭の隅に追いやられてしまっているのか子猫と一緒にソファで寛いでいた。
修兵も修兵で目の前の一人と一匹のまったりとした空気に中てられて、同じく子猫を挟んで眺めながらソファに寝そべっている。
少しずつ互いの同居人の話をしながら、なんとなく同類の匂いを嗅ぎ分けたようにどちらからともなくカミングアウトまで済ませ、
年下には少々刺激が強い話題でもあったのか、修兵の話に時折一護があわあわと狼狽えたり修兵が一護の学生生活や同棲生活の話に興味を示している内にすっかり意気投合してしまった。
カフェに遊びに行く約束をしたり勉強を手伝ってやる約束を取り付けたりで一通り喋り終えれば、それまで真ん中で大人しく聞いていた子猫がタイミングを計っていたかのように”にゃあ”と一声甘えるように鳴いた。

「あ、構えだって」

―お前賢いなぁー。

そう言って、寝そべった体勢はそのままに、一護の膝の上に乗せられている子猫の顎を指先でくるくるとくすぐった。
ゴロゴロと喉を鳴らしながら時折指先をチロリと舐める愛くるしい姿に、修兵の頬もふにゃふにゃと緩む。
上からも一護の手にその小さな体を撫で回されて、気持ち良さげに"にゃぁ"と鳴けば、修兵も隣でそれを真似るようにして"なーぅ"と鳴いて見せた。
猫に合わせてにゃあにゃあと会話でもしているかのような眼下の光景に、一護は口に含んでいたコーヒーを危うく吹き出しかけて慌てて飲み込んで噎せる。

(あっぶねっ!この人ほんとに年上か…!?)

己の膝にあるふわふわの黒毛を撫でるどさくさに紛れてその艶やかな黒髪も一緒に撫で回してしまいたいと思う程度には、眼下の光景はなかなかの破壊力だ。
今日の今日までは近所で顔を合わせれば軽い挨拶を交わす程度の間柄なだけだった為に、一護にとっての修兵のイメージというものはもう少し硬質で大人しい印象だった。
実質、年齢から鑑みてそういう一面もあるのだろうが、今こちらに見せている脱力っぷりは年相応に思えないような愛嬌がある。
自分とは違う"年上で落ち着きのある大人の男"から、"なんだか可愛い人だな"と言う印象に変わりつつある修兵をあの強面の男二人はどんな風に甘やかしているのか、うっかり余計な想像をしかけて慌てて一護はぶんぶんと首を横に振った。
挙動不審で百面相をしている一護に全く気付く様子もなく、一人と一匹は相変わらず眼下で楽しそうにじゃれ合っている。
そんな光景にすっかり癒されて忘れかけていたことが再びポンと頭に浮かび、そう言えばと一護は他人事のように己の置かれている現状を思い出した。

(そう言えば俺、喧嘩して家出してたんじゃん…)









「オイ、まだ返信ねぇのか」

「ねぇよ…そっちもないのかよ」

手にしたままのスマートフォンの画面を確認して"ない"と答えれば、隣を歩く黒髪の悪人面がチッとあからさまな舌打ちを返した。
今日は珍しく二人揃っての打ち合わせがあるのだと、拳西は渋る阿近を連れ出して半ば拉致する様に車に押し込んで出版社へ出向かせたのが早や数時間前。
なんだかんだで昼前から長引いた会議やら交渉事やらもどうにか夕刻には終わり、今日の夕食をどうするべきか家に居るはずの修兵へ連絡したものの折り返しが全くないまま自宅へ到着してしまった。
こうして二人からの電話にもメールにも全く返信を寄越さない事など今まで無かった上に、家を空けるならばその旨を事前に連絡してくるのが常なのだ、だが今日は修兵からそのどちらの連絡も途絶えている。
何か急用でもあったか、もし店関連でトラブルがあれば浦原からでも連絡が入るはずだと二人で様々憶測をしながら、最悪自宅で倒れてでもいないかと気持ちが急いたままの荒い運転で良く無事に帰宅出来たものだと拳西自身も己の運転能力を自負した。
苛立たしげに肘掛をトントンと指先で叩き続けている阿近を横目に、駐車場へ滑り込ませた車から飛び出すように降りてエレベーターへ駆け込む。

「チッ、なんでこんな日に打ち合わせなんかがありやがる」

「しょうがねぇだろうが。寝ちまってて俺らの電話に気付かねぇってこともあんだろ」

近所迷惑も考えず廊下をバタバタと進み、寝ていた所を引き摺られて出て来たせいで手ぶらだった阿近の代わりに拳西が取り出した鍵を差し込めば、施錠されていなかったようでガチッとした鈍い音が鳴った。

「開いてんじゃねぇか」

そう言って阿近がガチャッと扉を開けた先、玄関に見慣れない男物の靴が並んでいて、思わず二人で顔を見合わせる。

「おい、誰か来てんのか…」

「さぁ…なんか、聞こえねぇか…?」

玄関から伸びる廊下の奥、ちょうどリビングのある奥の辺りから微かに聞き慣れた声が漏れ聞こえて来てその音に耳を引き攣らせた。


"…ゃ…ぁう…"

"…ゃん、ぁ…ぅん"


なんとも言えない甘やかな猫なで声が耳に届き、玄関先で同時に不埒な想像をした二人は弾かれたようにリビングへ飛び込んだ。

「修兵!」

「浮気か!?」

派手な音を立てて乗り込んだ先の光景を見て、更に二人の目がぎょっと見開かれる。
どうにも見覚えのある橙頭の膝へしなだれかかるようにして身を預け密着している修兵に、サッと顔を青くした拳西と阿近がずかずかと歩み寄った。
"あ、おかえりー"などと呑気に口にする修兵の声も、二人とは別の意味で蒼褪めている一護の顔も意に介さず、阿近は修兵の首根っこを、拳西は一護の首根っこをそれぞれひっ捕らえ、べりっと勢いをつけて引き剥がした。

「うぇっ」

「ぎゃっ」

「…なんだ、隣のガキじゃねぇか」

「お前ら何してんだ」


「ガ…ガキじゃねぇ!!」


凶悪な強面二人に凄まれながらも反論しつつ頬を引き攣らせている一護と眼光を緩めない二人に、修兵は"あ、これ誤解されてるパターン…"と察してどうにか阿近の拘束から逃れようともがきながら事の顛末を説明し始めた。





人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -